暮らしの顛末(くまくまコアラ)

40代サラリーマン、4人家族と2匹の犬の日々の暮らしの顛末をお届けします。 趣味はカメラ撮影、観光、旅行、アウトドア、キャンプ、登山、アフェリエイトなどなど田舎暮らしに憧れつつも都心でミニマリスト的な暮らしをしている。 最近はシェア畑を借りて畑仕事もしつつ、ウィークデーはIT関連の仕事をしている者です。 よろしければ読者登録、ぜひぜひよろしく! ↓

今の世の中、若い人が結婚しないのは生存本能から結婚しないのだと知る。

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情報化社会と言われて数年。
時代の流れが急速に変化する昨今。
流動的に動けないと生きていけないわけだ。
そんなこれからの社会構造を敏感にキャッチしている若い世代の考え方。
 

固定化すると変化に順応出来ない。

結果結論を先に言うとフレキシブルに動ける環境が社会適応能力が高いと言うことになる。
ならば家族を持たない一個人の方が身の振り方が柔軟になるというのが合理的な考えとなる。
 
時代の変化に対応するために家族を持たない。
根本的な少子化の問題はそこにあるだと思う。
 
時代の流動化に対応するため生活を固定化をしない。
家族も持たないし、土地を買って家を建てる事も無い。
 
出来れば気軽な賃貸であらゆる変革に柔軟に対応したいと考える。
 
これから更に変革する世の中において、なるべく身を軽くしておきたいという気持ちは十分に理解が出来る。
これらの願望はただ、自由でいたいというものではなく。
これからの未来に対して生存出来るかどうかの意志判断なのだと思う。
 
 

将来に縛られることがストレスとなる。

例えば、インスタントラーメン5袋が通常よりも安くで売っていた場合。
あなたは購入するだろうか。
もしこのラーメンを購入した場合、1食ラーメンを食べた後、残り4食のラーメンを消費しなければならない。
これからの社会はそれがストレスと感じる世の中になるのだいう。
 
少し先の未来にすら縛られない社会。
 
このような考え方が従来の所有価値から使用価値へとニーズがシフトし、ミニマリスト的な発想が生まれた。
ほんの少し先の未来であっても縛られない方が、時代の流動性に対応出来るからである。
 
 

情報化社会が発展すると話題に対価を支払うようなる。

高度情報化社会になるとモノを所有することがリスクとなる。
なぜなら私達はモノそのものの価値に対価を支払うのではなく、そのモノが持つ話題性に対価を支払うようになるからだ。
昨今のインスタ映えしかりである。
食事を食べるのではなく、話題を食べる訳である。
 
次々と生まれてくる話題に対価を支払う訳だからそのモノを所有する価値はないという訳だ。
 
 

これから問われるオリジンな生き方

シャネルやルイ・ヴィトンを持つ価値がある人間という時代は過ぎ去った。
ブランドのアイデンティティーを自分のアイデンティティーに投影するのではなく、一個人が持つ本来の質が問われる時代。
あなたはどのような話題を持っている人なのか。
その本質が問われる。
だからこそスポットがあたる「あなたはどう生きるか」という生涯価値。
オリジナリティの追求だ。
社会全体の価値観が目まぐるしく変わる時代だからこそ、逆に普遍的な個人の生涯価値観にフォーカスがあたる。
より多様性が問われる時代となる訳だ。
 
 

まとめ

船のイカリをおろして根をはるのではなく、水草のように時代の流れに順応するという事。
遥か昔、生きるために大陸を移動してきた人間のように、今の私達は情報の大海を渡り移動する。
そのような時代の潮流を敏感に察知し、なんとなく未来のあり方の気配を本能的に感じているのかも知れない。
生きるために未来の流動性に対応する準備をする。
だからこそ、結婚して家庭を持つという幸せの価値が薄らいでいるのだと考える。
 
そんな事を考える今日この頃。