
さてさて、今日はお盆休み。
島根県浜田市にある美肌の「美又温泉」と江津市にある「有福温泉」まで、バイクで一泊二日の一人旅。
ちなみに美又温泉は全国温泉総選挙2024年、美肌部門で全国1位に輝いた温泉。
有福温泉は全国温泉総選挙2024年、秘湯・名湯部門で全国1位に輝いた温泉である。

大阪を出て、中国自動車を走っているといきなりハプニング。
なんと左側のウィンカーが折れていることに気づいた。
何かにぶつけたというのではなく、劣化による破損だと思う。
Kawasakiのリコール対象になっているみたい。


中国自動車道、上月サービスエリアでしばし休憩。
お盆休み後半、中日とあって中国自動車道下りの交通量は少なめ。
みんなビュンビュン飛ばす。
その風にあおられながらの走行。

さてさて、岡山県の北西部、大佐サービスエリアで高速を降りる。
まだまだ、目的の島根県までは200㎞近く離れているんだけど。
ちょっと岡山県に寄りたい場所があるんだな。
大阪吹田インターからここまでの高速料金4250円だった。
ナニコレ珍百景、自然に出来た洞窟が県道として使われている羽山渓谷

大佐インターを降りて、下道を走る事約50分程度。
やって来たのは羽山渓谷。
こちらのトンネルは羽山第1トンネル。
こちらのトンネルはまぁよくある隧道って感じ。


羽山第1トンネルを抜けて、羽山第2トンネルが酷道・隧道好きはもちろん、岩盤・地層好きにもたまらんトンネルなのだ。

で、ナニコレ珍百景に登録されている。
それではご覧いただきましょう。



これ、実は自動車も通れるトンネルの出口なんだ。
ちゃんと高さ2.5mと書かれた標識もあるでしょ。

トンネルの長さは50mほどと短い。


外から見るより、トンネル内から見る方が、出口がかなり広い事が分かる。
バイクで記念撮影に訪れるライダーひっきりなしに来る感じ。
しばし記念撮影の順番待ち。

トンネル脇には人ひとりが通れる洞窟があるらしい。

覗いてみたけど、ちょっと一人じゃ心細いのでやめておく。

トンネル出口に設置してあるカーブミラー越しにて記念撮影。
岡山県北部にはこのようなジオスポットが点在しており、映画『八つ墓村』のロケ地としても有名な岡山県新見市の満奇洞(まきどう)。
また、日本最古の鍾乳洞として知られる、岡山県真庭市の備中鐘乳穴(びっちゅうかなちあな)などもある。
岡山県の重伝建と言えば倉敷が有名だが、倉敷じゃない方の重伝建が素晴らしかった。
吹屋ふるさと村へ。

さてさて、続いてやってきたのは先ほどの羽山第2トンネルから、かぐら街道を走って約15分ほどの場所。
岡山県高梁市にあるベンガラ色の瓦屋根が美しい。
日本遺産「『ジャパンレッド』発祥の地」吹屋ふるさと村。

観光駐車場は無料。
台数も100台ぐらいは停めれるんじゃないかな。



うわ!ここすごいわ!
これまで見てきた街道沿いの宿場町とはぜんぜん違うおもむき。
ベンガラ色の瓦や壁で統一された町並みがこれほどまで綺麗に並んで残っているとは。
まるで映画村かテーマパークかと思えるほど。






また、ベンガラ色の建物に青い夏空が映えること。
まぁお盆の真っ只中、時刻は12時と太陽が真上から容赦なく照り付けて、汗びちょびちょなんだけど。
この景色を見ると歩いて探索する気力のほうが上回る。















ぜったいに目を合わさせない野良さん。
倉敷に立ち寄るか、吹屋に立ち寄るか悩んだんだけど。
一人旅ならこちらの重伝建にして正解だったかも知れん。
現役最古の木造校舎として2012年まで使用されていた旧吹屋小学校校舎を訪ねる。



さてさて、続いてやってきたのは吹屋ふるさと村にある旧吹屋小学校校舎。

なんか校庭のプールがえらい事になってんな。





小学校内を見学できるみたいなので入ってみる。
拝観料は500円。


本館の廊下が広い。
雨天体操場として使われていたらしい。
ちなみに本館は明治42年に建てられ、東西にある校舎は明治33年に建てられたもの。
2012年まで現役最古の木造校舎として使用されていた。
ここ、吹屋は吉岡銅山とベンガラの生産で繁栄し、大正7年には369名の生徒が在籍していたのだとか。



広い廊下の階段から2階に上がってみると・・・

教室が見えてきた・・・

あらまぁ教室には素敵な演出。
椅子にランドセルがかかってある。


私が小学校の頃は木造校舎ではなかったけど、この鉄パイプの机とイスは小学校の時に使っていたものと同じ感じ。
今なら大事に机を使うだろうが、当時は机の合板を削って文字を書いたり、穴を空けて、消しゴムカスを穴に押し込んだりと、何が楽しかったのか分からない事ばかりしていたのを思い出す。
今見ると、机とイスのあまりの小ささに驚いた。

先生目線に立ってみる。
「ああ~なんか大人の夏休みを充実してんなぁ~俺!」
なんて思う。

黒板けし・・・
黒板けしの思い出。
黒板けしを両手に2つ持って、窓から手を出してはたくんだ。
その際、顔は教室に向けておく。
さもないと、風向きによっては顔面にチョークの粉がふりかかる。
黒板けしクリーナーというのもあったが、あれはたいがい使い物にならない。
チョークの粉で目詰まりしてるんだ。
その割には一丁前に「うぉーん!」と大きな音を立てる。
音のわりにはチョークが全然取れない。
がんばっている感だけはすごかったな。

教室の窓から外を眺めるのも授業中の暇つぶしのひとつであった。


こりゃ驚いた!
本館の2階に大講堂!
私が小学校の時代、講堂と言えば体育館であった。



小学校とは思えないほど立派な講堂。
独特の形状をした天井。
空気の通り道のような穴が細工されている。
多分、吹屋地区の自治関連の催事などでも使われる想定で建てられたのだろうな。
今でいう市民ホール的な存在だったのかもしれない。


こちらは明治33年、校舎完成に伴って購入されたYAMAHA製のオルガン。
100年オルガンと呼ばれている。
今でも演奏が出来る状態なのだとか。


講堂の横には展示スペース。
この展示ケースも独特なデザインで面白い。

懐かしく目についたのが上皿天秤。

そして、素手で触っちゃいけないと何度も警告された分銅。
ピンセットでつまみをはさむんだ。
だが、大きい分銅は重たいので、ピンセットの先でつまんだだけじゃ持ち上がらない。
バランスを崩して落としてしまうことになるからね。
ピンセットの腹までさして、はさんでようやく持ち上がるんだ。

これは記憶にない。
太陽や月の位置を測定する行儀。

これは解剖セットかな。
カエルの解剖を授業でしたという人がいるけど、私の学校ではしなかった。




さて、本館を出て、東校舎を見学。


天井の高さが印象的。
何ゆえ、これほど天井を高くしたのだろう。


さすがに第二次ベビーブームの私が小学校の頃にはもう木製の机ではなかったな。
第一次ベビーブーム世代の人はこのタイプの机だったのだろう。



こちらは当時の便所だったスペース。


この校舎は見てよかった。
なんか映画のロケ地としてそのまま使えそうな小学校だわ。


あちこち見てまわって、お昼ご飯を食べそびれた。
そろそろ今夜の宿に向かわないといけない時間になった。
新たな発見!日本妖怪博物館 三次もののけミュージアム

さて、岡山県の吹屋から、島根県美又温泉の宿まであと200㎞。
高速は使わず地道で向かう。
GoogleMapによると約3時間30分かかるとのこと。
なぜ、高速を使わないのかって?
高速だと同じような景色ばかりが続くでしょ。
地道だと、市町村の特徴が分かるし、知らない名所とか商店街とか発見できるからね。

とはいえ、概ねこのような田園地帯が永遠と続くような感じなんだけど。

で、本日新たな発見が・・・
岡山県三次市。
日本妖怪博物館 三次もののけミュージアムという建物を発見して寄ってみた。

え!湯本豪一記念、日本妖怪博物館 三次もののけミュージアム!
しらんなだ!こんなのあったんだ。
調べてみると2019年4月に出来たらしい。


入館料1000円。
妖怪研究家、民俗学者の湯本豪一が私財をつぎ込んで収集した資料や作品が5,000点ほど展示されているらしい。
うわ!こんなの行き当たりばったりのついでに立ち寄る場所ではない。
宿の到着時刻にぜったい間に合わん。
これは次回にちゃんと時間を作って訪れよう。
ということで、せっかく来たのだからではなく、また岡山に来るチャンスとして残しておいた。


博物館の横には交流館も併設されている。


博物館のまわりを散策していると、もののけ小路という標識があったので行ってみると・・・

突然、目のまえに広がったのは素敵な通り。


なにここ?
と思って調べてみると石見銀山街道 太歳通りという。
うわ~、こんなのあったんだ。
やっぱり地道で旅をするもんだなぁ。

おばあちゃんが颯爽と自転車をこいで過ぎ去っていく情景がまたいい感じ。



いや~いい場所偶然見つけたわ。
って、宿の到着時間が差し迫ってきた。
全国温泉総選挙 美肌部門1位の温泉郷、島根県美又温泉でレトロ風情な湯治気分を味わう

さてさて、岡山県を出て、島根県に突入。
いやいや約2年ぶりの島根県だ。

さて、今回泊まる美又温泉がある浜田市は島根県の西側。
山口県よりの場所。
松江や出雲よりもさらに西側。
ここまで地方に来ると、スーパーが本当にない。
一人旅の時はいつも素泊まりで宿の予約をしているので、宿までの道すがらにスーパーに寄って、総菜を買っていくんだけど・・・
浜田市の市街地中心を離れるとほんと、ないんだよスーパーが。
何かしら聞きなじみのあるスーパーとかじゃなく、スーパーそのものが。
で、ようやく見つけたのが、宿より30㎞も手前にあったスーパー。
「あいタウン アベル」という。
やっとスーパーがあったと思ったら、今度は総菜がほとんどない。
お刺身がない。コロッケなどの揚げ物がない。
酒のつまみになるようなものがぜんぜんない。
そもそも総菜の種類が、選択肢が少なすぎる。
仕方がないのでソーセージと明太子、ピーナッツを買っていく。
やれやれ、都会っ子への田舎の洗礼だよ。
身をもって感じたよ。
都会の便利さが常識化している自分を・・・


さて、時刻は18時。
島根県浜田市の美又温泉に到着。
ホテルはほとんどなく、温泉旅館が立ち並ぶ、静かな温泉郷である。

で、今夜のお宿はここ。
旅館「みくにや」。
昭和の旅館風情を今でも残している佇まい。
世の中お盆休みの真っ最中でありながら、2週間前でも宿の予約が出来た。

エントランスでチェックインを済ませる。

階段を上って2階の廊下。


そしてこちらが本日のお部屋。
私好みの和室のお部屋。
明るく清潔感がある。
事前に冷房を入れていてくれてたので、天国だよ。
やはり旅館はいいなぁ。
他にも4,5組のお客さんが宿泊をしているようだった。



さて、ここが美又温泉のメインストリート。
およそ200mほどの通りに宿が数軒立ち並んでいる。
この景色をネットで見て、ぜひ行きたいと思ったんだ。
温泉宿のメインストリートに渡り廊下がある。
昭和の旅館街には新館、別館などを行き来するために。このような通りをまたぐ渡り廊下があった。
それが今でも現役で残っている。
旅館、みくにやの本館と別館を繋いでいる。
この風情は昭和感あるよな。





しばらく撮影に没頭。
昭和の雰囲気が今でも残るなんとも素敵な温泉郷だこと。


さて、宿に戻って、温泉に入る。
ここの温泉がまた凄かった。
無色透明、無臭できれいなお湯なんだけど、入ってビックリ!
なんこのまとわりつくようなスベスベ?もしくはヌルヌル?
濃厚な化粧水に入っているほような。
いや化粧水ではなく、もはや乳液か。
人生でこれほど、スベスベ、ヌルヌルのお湯を体験したことがない。
しかも無臭、無色透明。
温泉の香りがする濁り湯などでスベスベ、ヌメヌメの温泉は何度か入ったことはあるが・・・
美又温泉のスベスベ、ヌメヌメ感は想像を3段ほど上回る。
お湯にとろみなんかないのに。
なんで?
なんでこんなに肌触りはスベスベ、ヌルヌルなの。

ほほう、これが温泉総選挙で全国美肌部門1位のお湯なのか。
やはり1位ともなれば、体感で別格だと分かる。
ドラゴンボールでいうとスカウターがぶっ壊れる感じ。

さて、大阪生まれ、大阪育ちのおっさんが、島根県でスベスベ美肌に生まれ変わったところで、夜の温泉街の撮影へと出歩く。





外湯へと向かう家族。
軒先に並べられた適度なイルミネーションがしっぽり感があっていい。
賑やかさなど摩耶可否に過ぎん、温泉街なら湯で勝負。
美又温泉の湯はそんなお湯であった。
全国温泉総選挙 秘湯・名湯部門1位の温泉郷、島根県有福温泉はまるで台湾の九分みたいな場所

さて、島根県の美又温泉で一泊して、続いて向かうのは温泉総選挙で秘湯・名湯部門第1位の温泉、島根県の有福温泉へと向かう。

時刻は朝7時前。
美又温泉の旅館を6時30分にチェックアウトして、バイクで15分の移動。
やって来たのは島根県江津市 有福温泉。



小高い山の斜面を所狭しと立ち並ぶ温泉旅館の景観がノスタルジックで昭和情緒を感じる有福温泉。











猫の細道のようにあちらこちらに所狭しと伸びる通路や階段が特徴的。
この階段はどこにつながるのだろうか。
そんなことを思いながら階段を上るとカフェがあったり、その奥の通路には旅館があったりとまるで迷路の中を散策しているような気分。
ここは1階なのか2階なのか3階なのか分からなくなる。
それほど狭いエリアに複雑な地形で建物が建てられている。
それが有福温泉。
明治時代、軍の傷病兵の手当や慰安所としての湯治場となり、芸者も集まる華やかな花街として栄えていたが、日本の湯治文化が薄れていくと共に、有福温泉も寂れた温泉街と変貌。
だが、昨今、そのノスタルジックな温泉街の情景に再注目されている。
夜には温泉街の赤ちょうちんに明かりがともされ、千と千尋の神隠しのような情景で有名な台湾の九分にも似ている夜景が楽しめる。
本当は昨日の夜に撮影に来たかったのだが、昨晩は早くビールが飲みたいが勝っていた。



その有福温泉でひときわ目立つシンボリックな建物がこの外湯である御前湯。
有福温泉の大衆浴場として、朝7時から営業をしている。
大正モダンを感じるタイル張りの外観のみならず、建物内もレトロ感があり、時代を超越した居心地を感じる事が出来る。

時刻は朝7時。
開店と同時に御前湯へと。
入浴料は400円。
安い!
大阪だと銭湯料が2025年4月に520円から600円に上限料金が引き上げられた。
なもので余計に安いと感じる。

さてと朝の一番乗り。
この扉の向こうには時代を超越した空間が待っている。




どうよこの湯船。
窓からさす光が神々しい。
その光が湯船のお湯をさらに美しく透き通った水色へと光を反射させる。
これぞ御前湯の朝風呂の美しさ。
室内に響くお湯の流れる音。
なんと清らかなるか。
だが、湯の温度はめちゃ熱い。
その温度、47度。
源泉かけ流し、湧き出る温泉の温度そのままだ。
神々しささえ感じる空間。
有福温泉も美肌の湯として名が通っているのだが、昨晩宿泊した美又温泉のほうが、美肌感は別格だという印象。
とはいえ、有福温泉も温泉総選挙で秘境・名湯部門で第一位の温泉。
こちらはこちらで風情、雰囲気、佇まいで極上の温泉体験だ。
ちなみに島根県の温泉は湯の温度が激熱な印象。
2年前に訪れた石見銀山で有名な温泉津温泉 薬師湯も湯の温度は45度であった。
昨夜宿泊した美又温泉の湯の温度も45度ほどであったように思う。

さて、湯あたりせぬよう早々にお湯から上がって2階にある休憩スペースへ。
湯船も素敵だが、ここの建物自体がノスタルジックな空間。
番台の横にある階段の上っていくと。


明治、大正時代の洋館のような空間。

ごろ寝が出来るスペースもある。

でね、休憩スペースには明治、大正時代の有福温泉の情景を収めた写真が展示してあって、これがなかなか面白かった。
こちらは満員の乗客を乗せたバスというタイトルだったんだけど・・・
あれ、女性ばっかりだけど。
この時代に女性だけで温泉旅行って出来るのかしらと思ってしまった。

こちらは温泉水を貯水、飲み水として生活用水として使われていたそうだ。

こちらは当時の女湯の様子。
つげ義春の温泉で見たような、見てないような。
この写真を収めたのは女性カメラマンなのであろうか。
いや、時代を考慮すると男性カメラマンなのであろうが、どのようなシチュエーション、交渉などなどで撮影したものなのだろう。
この時代のカメラに対する世の中の空気感や裸の撮影に関する女性の一般的な世の中の受け取り方などが気になるんだな。
すごく貴重な写真なのか、結構あるよって感じなのか。
あくまで民俗学的資料としてだけど。

こちらは新築当時の旅館だそうだ。
大正14年に撮影されたもの。
女性に小さな子供。
女性ばかりが映っているのが気になる。

こちらは金毘羅山公園から温泉街を展望した写真。
ほほう、金毘羅山公園に行くと今でも有福温泉の全貌が見れるのかと・・・
金毘羅山公園を登ってみる。



おおぅ。
今でも金毘羅山公園から有福温泉が展望できる。
しかも朝日が差し込んで綺麗に建物の輪郭が出てる。
いや~古い写真と見比べてみると、当時から御前湯の建物は全然当時そのままだということが分かる。

さて、早朝の有福温泉を観光し、これからまた地道で岡山県へと戻り、勝山まで向かうつもりだ。
再び、岡山県へ。町並み保存地区 勝山へと

さてさて、有福温泉を後にして、再び岡山県へと地道で向かう。
途中、昨晩宿泊した美又温泉を通るのだが、ベンガラ屋根の美しい景観を見つけて撮影。
この色の屋根の集落を見ると、中国地方に来たんだなと思う。
ん!左側にあるのは木造の学校じゃないかな。


行ってみると美又共存同栄ハウス(旧美又信用購買販売組合)という建物。


今日も酷暑になりそうないいお天気。



再び里山の田園地帯をひた走る。

さてさて、走っていると道の駅「鯉が窪」という名が。

時刻は昼頃なので、お昼ご飯でもと立ち寄った。

岡山県の新見市にある道の駅なのか。
バイクや車は少なめ。
停まっているバイクのナンバーを見ていると津山ナンバーとか愛媛ナンバーとか・・・
近場の人が多いみたい。


岡山県新見市と言えば千屋牛が有名みたいで。
千屋牛は飼育頭数が少なく、岡山以外ではあまり食べることができない希少なブランド牛なのだとか。
なので道の駅のレストランで千屋牛醤油ラーメンを注文。
醤油ラーメンで1200円とはなかなかのものだと思いながら、それほど希少価値の高い牛なら食べてみようと。


醤油ラーメンも千屋牛もかなり旨かった。
汗だくなので、塩分めちゃめちゃ求めてたけど、こりゃいい塩分補給だと感じるほど、しっかりとしたお味。
これだけ濃いと後で絶対のどか沸くやつだわ。




岡山県の勝山を目指して地道を進む。
途中、地元ローカルなロードサイドの商店を見つけて撮影。
こういうローカルのドライブイン的なお店は絶滅の危機にある。
世の中チェーン店だらけになってしまったな。

さてと、岡山県真庭市にある勝山へと到着。
出雲街道の宿場町・城下町として栄えた勝山。



こちらはウッドストリートという通り。
ナビで勝山を設定するとカタカナでウッドストリートっと表示されてびっくり。
これは町おこしの一環なんだろう。












なるほどなぁ。
これが岡山県勝山の情景かぁ。
ぐらいにとどめておこうかな。
ってことで本日の旅はここまで。
帰りは美作インターから中国自動車道で帰る。
16日、お盆休みは明日の17日で終わりだけど、中国道上りは神戸西から宝塚まで7㎞の渋滞だと。
まぁこれは想定内だけど。
しかし、上りの渋滞のピークは明日の17日って。
翌日から仕事なのにギリギリまで出かけるってすごい体力だよな。
という事で17日は家でゆっくりとこの記事を書いているけど、写真の整理も含めて朝から全然記事書きが終わらない。
ってことで今日はこれまで。
ではでは。