暮らしの顛末(くまくまコアラ)

50代サラリーマン、趣味は1人旅、バイクツーリング、写真撮影、温泉、銭湯巡り。 古い町並みが好きで歴史を感じる関西の各所をブログで紹介しています Canon EOS RとRICOH GR IIIを愛用して観光地巡りやら旅行、アウトドアで風景写真やらを撮っているミニマリストのブログ。 愛車は1号機DAHONのRoute。2号機Kawasaki Versys-X250。3号機TOYOTA のプリウス

比叡山ドライブウェイで世界文化遺産の比叡山延暦寺へ。国宝である根本中堂の改修工事が見学できるのは貴重な体験だぞ。

比叡山ドライブウェイ

比叡山ドライブウェイ

さてさて、今日やって来たのは滋賀県の比叡山ドライブウェイ。
眼下に見下ろすは琵琶湖にかかった琵琶湖大橋。
滋賀県の比叡山の標高は848mなので高野山とほぼ同じ標高なのだが、見晴らしがいい分かなり雲が近く感じる。

比叡山ドライブウェイ

比叡山延暦寺に行くには比叡山ドライブウェイを使わないと行けないんだけど、この比叡山ドライブウェイが結構、通行料金が高いのよ。
縦走すると2430円。なんだよね。
高野山は通行料金とかないんだけど。
下世話な話で申し訳ないんだけど、空海は無料で、最澄は有料って印象があったりするんだよな。
そんなことで比べるものではないことは重々承知しているんだけど・・・

比叡山ドライブウェイ

そしてこちらは京都側の景色。
今日は気温は低いが天気もよく見晴らしは最高。
なんか、この日の登仙台展望台ではレゲエアーティストのPV撮影をしていた。

 

国宝である根本中堂の改修工事を見学

比叡山延暦寺

さてと、比叡山延暦寺の東塔エリアの駐車場に到着。
比叡山延暦寺は3つのエリアに分かれていて、東塔エリア、西塔エリア、横川エリア。
これらを総称して比叡山延暦寺と呼んでいる。

比叡山延暦寺

東塔エリアが一番大きく、お茶屋やお土産物屋がある。
西塔エリア、横川エリアはお土産物屋や食事をするお店はない。

比叡山延暦寺

駐車場は無料。
拝観料金は東塔エリア、西塔エリア、横川エリア共通で1,000円。

比叡山延暦寺

比叡山延暦寺を巡る方は概ね、奥比叡ドライブウェイで車で巡ることになる。
東塔エリア、西塔エリア、横川エリアとドライブウェイを車で移動するって感じ。

比叡山延暦寺

そしてまずは東塔エリア。
こちらが一番駐車場も大きいし、観光客も多いし、お店もある。
西塔エリアや横川エリアにはお店がなく、お土産物を買う事が出来ないのでこちらで買うのがいい。

比叡山延暦寺

東塔エリアにはなかなか見るべきものが多そうだ。

比叡山延暦寺

比叡山延暦寺

こちらが大講堂。
当然、講堂内は撮影禁止だが、本尊の大日如来が祀られてある。

比叡山延暦寺

なすび婆
その昔、比叡山にはなすび色の顔をした老婆の妖怪がいたという。
この老婆、若かりし頃は女官として宮中に仕えていたが
人を殺めたため死後地獄へ落とされた。
しかし仏の慈悲により、心は比叡山に住むことを許された。
その仏思に報いるため、「織田信長の比叡山焼き討ち」の際には大講堂の鐘楼の鐘をついて皆に危険を知らせたという。

こういう伝説的なエピソードは大好物ですな。

比叡山延暦寺

で、その鐘がこちら。
50円で鐘をつくことができる。

比叡山延暦寺

立派な杉の木に囲まれた階段を下りていくと・・・

比叡山延暦寺

少し開けた場所に出てくる。

比叡山延暦寺

まだまだ紅葉には早いが、少しずつ木々が色づいているもよう。

比叡山延暦寺

そして比叡山延暦寺の総本堂であり、国重要文化財である根本中堂へと向かう。

比叡山延暦寺

根本中堂は平成28年から約10年かけての改修工事中。
この改修工事が見学できるというのも稀な機会なのでぜひ訪れて見たかった。
根本中堂が完全に囲われた状態。

比叡山延暦寺

中に入ると、そりゃもう工事現場というより、博物館かと思うぐらい立派な作り。

比叡山延暦寺

こんなの見る機会なかなかないよ~。
これ凄くない。

比叡山延暦寺

むちゃくちゃ細かな作業だよ。

比叡山延暦寺

比叡山延暦寺

なんか瓦の下の銅板も綺麗に差し替えられている。

比叡山延暦寺

比叡山延暦寺

比叡山延暦寺

比叡山延暦寺

比叡山延暦寺

厚さ2.4㎝、長さ45㎝の椹(さわら)の板を、8.5㎝ずつずらして竹の釘で打つ止めて葺いてます。
って途方もない作業だな。
ゴールが全く見えないような作業量。
その作業に一体どのような意味があるのか。
そんな事を考えてたらきりがない。
これが悟りの世界であり、毎日、お経を唱え、真言を唱えるごとく、一枚一枚と、丹念に椹(さわら)を組んでいくのかな。
なんかこれは感動するななぁ。

比叡山延暦寺

比叡山延暦寺

比叡山延暦寺

そしてこちらは根本中堂の向かえある文殊楼(もんじゅろう)
この建物も国重要文化財に指定されている。

比叡山延暦寺

さてさて、こちらは阿弥陀堂と呼ばれる場所。

比叡山延暦寺

比叡山延暦寺

比叡山延暦寺

一つ目小僧
その昔、一つ目一本足の恐ろしく奇怪な姿で比叡山を見回る僧がいたという。
修行をさぼろうとする不心得な僧侶を見つけては鐘をならし、「修行僧よ、僧侶の本分を忘れることなかれ」と言って懲らしめた。
この一つ目小僧は生前厳しい戒律を守り生活をしていた元三大師良源の弟子である「慈忍和尚」と言われており、死後もなお比叡山を守り続けているという。

比叡山延暦寺

比叡山延暦寺

 

続いては西塔エリアへ

比叡山延暦寺

さてさて、続いては東塔エリアから車で約2分の西塔エリアへ。
こちらは観光客で賑わう東塔エリアと比べ、かなり静かな印象。

比叡山延暦寺

西塔エリアの見どころはこの「弁慶のにない堂」。

比叡山延暦寺

弁慶のにない堂
西塔にある法華堂・常行堂という二つの建物は、渡り廊下で繋がり並び立っている。
その昔怪力の弁慶が、この渡り廊下を天秤棒にして二つの堂を担いだ・・・
との伝説から「弁慶のにない堂」と呼ばれている。

比叡山延暦寺

比叡山延暦寺

比叡山延暦寺

こういう伝説はとても面白いよね。
古事記の話にも通じる分かりやす偉人のエピソードだよね。

比叡山延暦寺

こちらは西塔にある釈迦堂。

比叡山延暦寺

比叡山延暦寺

比叡山延暦寺

比叡山延暦寺

ひっそりとした印象が強い西塔。

比叡山延暦寺

比叡山延暦寺

手水に目をやると・・・
この水が飲めません・・・
とよくある注意書きかと思いきや・・・
この水は飲めます。
とは。
まじか・・・

比叡山ドライブウェイの展望台レストランへ。

比叡山ドライブウェイ

さてさて、続いては比叡山ドライブウェイの展望台レストランへ。
ここでちょっと昼ご飯でもと立ち寄った。

比叡山ドライブウェイ

標高800m程度の山なんだが、なんだか雲がものすごく近い。

比叡山ドライブウェイ

比叡山ドライブウェイ

比叡山ドライブウェイ

いや~展望台からの眺めは最高ですな。
空は青いし、雲は近いし。
でもレストランは比叡山登山者でいっぱいだったのであきらめることに・・・
まぁそもそもそれほど腹も減ってないしね。

横川エリアで早めの紅葉を味わう

比叡山延暦寺

さてさて、続いては比叡山延暦寺の横川エリアへ。
こちらは横川エリアの見どころである横川中堂。

比叡山延暦寺

比叡山延暦寺

比叡山延暦寺

比叡山延暦寺

比叡山延暦寺

なんか1本だけすごく黄色に紅葉しているカエデの木があったので撮影。

今なら横川中堂の特別内陣拝観中ですよ。
比叡山延暦寺ってお堂の中を見下ろす感じなのが珍しい。
そしてお堂の中がかなり暗い感じなのも印象的。
このあたりも高野山とは全く印象が違うんだよな。

さてさて、話は変わってこの角大師の護符を目にした方も多いのでないだろうか。

比叡山延暦寺

角大師
平安時代末期、
元三大法師良源が73歳の時に世に疫病が流行り、人々は大変苦しんでいた。
この難局を救うため、良源は大きな鏡に自分の姿を写し疫病退散を念じた。
するとそこには骨ばかりの恐ろしい鬼の姿が写し出されたという。
その姿を版木に刻ませ御札に刷り配ったところ、疫病は元より、あらゆる災厄から身を守ることができたことから、今もなお厄除けの元三大師として信仰されている。

というのがこの奇妙なデザインの角大師の始まりなのか。

で、ちょっと小腹も減ったので東塔エリアまで車で戻って延暦寺御用達、鶴㐂そば(つるきそば)をいただくことに。

注文したのは比叡山そば850円。
そばの風味もあり、御だしもしっかりと濃い出汁の風味で美味い。
ってことで今日はこれまで。

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今日は大阪四天王寺さんのお大師会へ

四天王寺

さてさて、今日は四天王寺さんのお大師会です。
毎月21日は弘法大師様の月命日。
四天王寺では毎月21日にお大師会があり、弘法大師様の法要が行われ、この日はおじいちゃん、おばあちゃんが沢山集まってくるんですな。

四天王寺

四天王寺は特に観光スポットってほどではないのだが、コロナ明けから外国人が増えた。

四天王寺

参道にはずらっと露天商が並ぶ。
古着、古物、高野槙、七味売りなど。

四天王寺

そして境内内には100店近くのガラクタ市が開かれている。

四天王寺

四天王寺

四天王寺

四天王寺

こういうのは見ているだけでも面白い。
昭和時代にどこかの観光地で買ってきたであろう民芸品がたくさん店先に並んでいた。
そういうのを念入りに見ていくと、誰の家にもこういうの家に飾ってあったなぁ~。
なつかしいなあ~。
なんて思いながら店巡り。
将棋の駒を大きくしたような通行手形とか家にもいっぱいあったわ。
今さらいらんけどな。

四天王寺

模造刀まで売ってんだな。

四天王寺

ほほん、だいたい模造刀の相場は5000円程度か。
いろいろなお店を眺めていると、ほんとガラクタとしか思えないものが多い。
そしていささか割高な値付けになっている印象。

四天王寺

そんな中、私が目を付けたのお店がこちら。
玉子入りのお好み焼きが1枚100円。
物価高騰の中、1枚100円とは驚きだわ。
案の定かなりの行列が出来ていたが並んで購入することにした。

四天王寺

四天王寺

テッパン一面に広げられたお好み焼きの生地を碁盤の目状にコテで切り分けていく。
その1枚1枚に卵を͡コテで割りのせていく。
まるで早業のようにポンポン卵が割られ、リズムよく、お好み焼きがひっくり返されていく。
そのスピードは見ていて面白い。
テッパン1枚に付き、約50枚ほど焼き上げているんだろう。
焼き上がるまでの世間話を盗み聞きしていると、この商売は40年前からなのだとか。
先代の時代にはテッパンを5枚用意して5人で焼き上げるほど繁盛したのだそう。

四天王寺

1枚100円といえども結構食べごたえがありそうだ。

四天王寺

とりあえず2枚注文して食べてみた。
ふつうに旨い。
鰹節だってかなり値上がっているのに、鰹節もしっかりとまぶされている。
いや~面白いものが見れたし、味も美味しかったし、並んでよかったわ。

四天王寺

で、この日、一番行列が出来ていたのがこちらの赤飯屋さん。
店の裏でしっかりと赤飯を蒸していたので、出来立てが食べれるみたい。
食べてみたかったが、あまりに行列が長くてちょっと躊躇してしまった。

ってことで今日はこれまで。
ではでは。

大阪新世界を徘徊

新世界

さてさて、今日はお天気の良い日曜日。
ってことで気分もよく、新世界をぶらり徘徊です。

新世界

コロナ過が明けて息を吹き返した新世界。
相変わらず北欧、アジア圏からの観光客で賑わっている。

新世界

あらまぁ~お好み焼きの鶴橋風月が別の店に変わってるやん。
っていうか大阪もんじゃってどういうこと!
大阪といえばお好み焼きじゃないか!
もんじゃ焼きは東京発祥だし。
生粋の大阪人だけどもんじゃ食べたことないし。
だが、お店の中はお客さんがいっぱいだな。
結局、粉ものなら何でもいいのかなぁ。

新世界

新世界

新世界

新世界

新世界

新世界

新世界

先月9月に改修工事を終えた通天閣。
なんか・・・どうも・・・これじゃない感・・・
大阪って自分たちの文化を残すの下手くそなのかもしれん。

新世界

新世界

とりあえず「元祖」と言っとけばいいんだな。

新世界

こういうノリは個人的に嫌いではない。

新世界

新世界

これがどういったものか私には理解できない。

新世界

新世界

こういうのが大阪の定番のノリなんだな。

新世界

地元民が大阪のお土産屋を覗くことって珍しいけど、眺めて見ると意外に面白い。
こんなにたくさんのステッカーが売られていたんだ~。

新世界

あれまぁ!奈良県十津川村から寄贈された坂田三吉の棋譜のモニュメントがなくなっている!
誰かが傷をつけた状態までは確認してたのだが・・・
なくなっちゃったのか・・・

新世界

誰が決めたか・・・
戦後大阪府公認射的場一号店!
しかも射的秘宝館って面白い造語を作ったなぁ~。
で、とりあえず「元祖」はテッパンなんだな。

新世界

新世界

昭和感が今なお残る新世界国際劇場。
海外からの観光客が多い新世界のエリアにある劇場だからといって気軽に入ってはいけない。
ここはガチのハッテン場だからな。

新世界

新世界

2020年9月、新世界の名所であったづぼらやの提灯が撤去された。
あれからコロナが明けて3年。
づぼらやのお店はどうなってしまうんだろうか。

ここでちょっと豆知識。
旭ポン酢ってご存じだろうか。
関西圏では有名な地元のポン酢で、1948年に大阪八尾市で生まれたポン酢である。
味にうるさい大阪人の間で評判になった大阪定番のポン酢であるが。

づぼらやのポン酢が美味いということで通いつづけ、そのポン酢を研究して試行錯誤で生まれたのが旭ポン酢であることを知る人は少ない。

当時、づぼらやの店主は、また八尾からお客さんが来ている。
ふぐを食べずにポン酢をばかりをなめている。
けったいな客やなぁ~。
そういう印象だったのだそう。

ちなみに大阪お好み焼きで有名な「千房」の創業者は、千日前にある元祖大阪お好み焼きの「はつせ」に何度も通い、その味を研究して「千房」を創業したと聞いた。

新世界

トカゲって食べれるんだね。
味よりもその仕入れルートが気になるよね。
猛禽類用の餌として取り扱っているペットショップだったりして。

新世界

新世界

これだけ物価が上昇してるのに、コロナ前の値段で提供している立ち食いうどん。
かけうどん、そばが170円だなんて。

新世界

新世界

近年、新世界では弓道場が繁盛しているっぽい。

新世界

新世界

新世界

新世界

ってことで、久しぶりの新世界徘徊でしたとさ。
ではでは。

写真はGRⅢで撮影してものなんだけど。
最近、GRⅢの電源が入らないトラブルが増えて来た。
そろそろ新しいスナップカメラを考えないといけないかな。

350年以上続く奈良の伝統行事、神事でもある奈良公園の鹿の角きりは迫力満点で必見です。

奈良公園

さてさて、今日は奈良公園までお出かけ。
なにやらシェフェスタというフードフェスティバルが行われてもよう。

奈良公園

奈良公園

調べてみると今回で15年目を迎える“奈良の食材とシェフの祭典”なのだとか。
ほほん!これは知らんだぁ~。

奈良公園

で、私が今日、奈良公園に来た目的はこれ!
鹿の角きり!
一度生で見てみたいと思ってたんですな。
で、会場となる鹿苑に向かって春日大社の参道を歩いていると、後ろを歩いているカップルの会話が・・・

「ねぇ。鹿のカクきりやってぇ~。」
「ほんまや!おいしいんかなぁ~。」って

思わずズッコケそうになったわ。
シカ肉の角煮と間違えてるやん。

奈良公園鹿の角きり

鹿苑の近くまですると・・・
うあ~。めっちゃ並んでるやん!
やはり11時45分からの初回はかなりの人が来るんだなぁ~。

奈良公園鹿の角きり

これは12時50分からの2回目にした方がよさそうだな。

ってことで若草山にある観光食堂でおでんとビールをいただきながら時間調整。
おでんと缶ビールで950円。

奈良公園鹿の角きり

さてさて、時間も12時も回ったのでチケット売り場へ。
鹿の角きりへの入場券は大人1,000円。

奈良公園鹿の角きり

チケットを購入して、12時50分まで約30分ほど入場待ちの行列に並ぶ。

奈良公園鹿の角きり

さて、時間通りに鹿苑へ入場。
神事ではあるだが、実況を説明してくる女性がいるようだ。
初めに鹿の角きりの流れなどを説明してくれる。

奈良公園鹿の角きり

まずはこちらのゲートから3頭の鹿が登場するそうな。
なかなか出てこない。
人が鹿を追っているのだが、思うように鹿が動かないらしい。
しばらくゲートを見ていると・・・

奈良公園鹿の角きり

おおー!勢いよく雄鹿が飛び出て来たぞ!

奈良公園鹿の角きり

なんか1頭だけひと廻りデカい雄鹿がいるなぁ~。
こいつは迫力あるぞ。

奈良公園鹿の角きり

鹿苑に放たれた雄鹿たち。
大勢のギャラリーがいるので不思議そうにこちらを眺めている。
ここで角を切られるのは4歳~5歳の雄鹿なのだそうな。

奈良公園鹿の角きり

続いてゲートから出てきたのは勢子(せこ)と呼ばれる人達。
鹿を追い詰めて捕獲する人達だ。
この日はテレビの取材も入っているようでカメラを担いだ人が4人もいる。

奈良公園鹿の角きり

竹竿に赤い旗を付けた道具で鹿を追い込み、十字と呼ばれる捕獲縄で捕獲をする。

奈良公園鹿の角きり

まずは鹿の追い込み。

奈良公園鹿の角きり

勢子(せこ)達が連携して、追い込みたい方向へと鹿を追いやる。
そこに捕獲縄を投げるのだが・・・

奈良公園鹿の角きり

どうやら縄のかかりが浅いようだ。

奈良公園鹿の角きり

角に縄がかかった状態で走りまわる雄鹿達。

奈良公園鹿の角きり

おっと!鹿が引きずる縄をうまくキャッチしたか!

奈良公園鹿の角きり

よし!捕らえたか。

奈良公園鹿の角きり

と思いきや、やはり角のかかりが浅かったようで、スルッと縄が抜けてしまった。

奈良公園鹿の角きり

さぁ次はどうだ。
かかったか?

奈良公園鹿の角きり

おう!これはかかったんじゃない!

奈良公園鹿の角きり

残念!かかってなかった!
このようなターンを何度も何度も繰り返す。
鹿達もかなり疲労困憊してきたようだ。

奈良公園鹿の角きり

縄はかかったものの、鹿の顔にまで縄がかかってしまった。
これはこのまま引っ張るわけにはいきません。

奈良公園鹿の角きり

ならばもう一度縄かけにチャレンジ!
が、失敗。

奈良公園鹿の角きり

奈良公園鹿の角きり

よし!今度こそ!

奈良公園鹿の角きり

どうだ!かかったか!

奈良公園鹿の角きり

よし!かかったぞ!

奈良公園鹿の角きり

しかし、雄鹿の力が強すぎて縄を手放してしまった。

奈良公園鹿の角きり

ならば、引きずる縄を飛び込んでキャッチするのだ。

奈良公園鹿の角きり

ようやく捕まえたようだ。

奈良公園鹿の角きり

捕らえてからも大変な危険を伴う。
台付けと呼ばれる丸太に巻いた縄に捕獲縄を通し、引っ張って鹿の頭を地面に近づけさせる。

奈良公園鹿の角きり

タイミングを見計らって勢子(せこ)が鹿の角を両手でつかんで地面に押さえつける。

奈良公園鹿の角きり

この時、鹿は後ろ足を蹴って暴れるので非常に危険だ。

奈良公園鹿の角きり

すぐさま鹿の体を倒し・・・蹴られないように。

奈良公園鹿の角きり

大勢で鹿の足を押さえる。

奈良公園鹿の角きり

捕獲された鹿は近くにゴザを引き、そのゴザまで運ばれる。

奈良公園鹿の角きり

鹿をゴザの上に寝かせると神官の登場。
奈良公園の鹿は神の使いなので鹿の角を切るのは神官が行う。
まずは興奮した鹿に水を飲ませて鹿の気を静める。

奈良公園鹿の角きり

そしてノコギリでゴキゴキと鹿の角を切る。

奈良公園鹿の角きり

角1本切るのにそんなに時間はかからない。
おおよそ15秒ほど。

奈良公園鹿の角きり

切った鹿の角はこのようにしてギャラリーに向けて披露してくれる。

奈良公園鹿の角きり

さて、無事に角を切ったわけだと・・・
危険なのはこの押さえつけた鹿を離すタイミングだ。
タイミングを間違えると後ろ足で蹴られる恐れがある。

奈良公園鹿の角きり

タイミングを合わせて一斉に体を鹿からはなす。
案の定、鹿は勢いよく飛び跳ねて去っていく。
鹿に蹴られると内臓まで破損することがあるらしい。
ほんとうに危険な神事なのだ。

この日は大きな雄鹿に手こずったため、本来は3頭の鹿の角を切らなければいけないが、残りの鹿の体力の事も考慮して、2頭でお開きという事になった。

いや~それほどしぶとく粘った鹿の迫力はすごかったわ。

奈良公園鹿の角きり

2頭でお開きになったことを申し訳なく思ったみたいで、神官の方や瀬古の人がギャラリー全体を回ってシャッターチャンスを作ってくださった。

奈良公園鹿の角きり

そしてこちらが捕獲縄の十字と呼ばれるものと鹿の角を切るノコギリ。

奈良公園鹿の角きり

こちらでは鹿の角が3,000円で売られていて、結構購入する人が多かった。
さてさて、お目当ての鹿の角きりの神事も見れたことだし。
ここからは鹿活としますかね。

奈良公園

やはりりっぱな角を持つ雄鹿の姿は猛々しい。

奈良公園

奈良公園

奈良公園

奈良公園

こいつが今日一番のお気に入りの写真。
雄たけびを上げる雄鹿。
ケンカで失ったのであろうか、片方の角がかけている。
まるで歴戦錬磨のいぶし銀の武将のようである。

奈良公園

こいつはケンカでもしたのだろうか。
角があらぬ方向に曲がってしまっている。

奈良公園

奈良公園

奈良公園

奈良公園

奈良公園

奈良公園

奈良公園

奈良公園

いや~鹿さんたちのいろんな表情を見るのは面白いですな。
渋い雄鹿の風格も魅力あるし、若い小鹿の愛らしいさや、コミカルなしぐさの鹿達もいる。

ってことで今日は奈良公園を満喫しましたとさ。
ではでは。

奈良公園

ブヒィ!

日本で最も美しい仏塔といわれる東塔がある奈良県の世界遺産、薬師寺へ

 

奈良県の世界遺産薬師寺訪問

世界遺産薬師寺

さてさて、今日やって来たのは奈良市にある世界遺産、薬師寺。
国宝である東塔が約12年ぶりに修復工事を終えた東塔。
今年4月にようやく落慶法要が行われて、特別公開をしているとことでやってきた。

世界遺産薬師寺

薬師寺を訪問するのはこれで2回目。
約7年前に訪れた時は国宝である東塔が修復工事で防音シートで覆われていたんだな。

世界遺産薬師寺

こちらが薬師寺のマップ。
マップで見るとかなり広い印象。

世界遺産薬師寺

さてさて、薬師寺の拝観料ですが一般の拝観料は1,100円。
【国宝東塔落慶記念】 東塔・西塔特別公開共通拝観料は1,600円。
うーむ、そうか今日は東塔、西塔の中まで見る必要はないかな。
ってことで一般の拝観料を購入。

そして東西に金剛力士像が並んでいるのが中門。

世界遺産薬師寺

世界遺産薬師寺

薬師寺の金剛力士像はインパクトがあるなぁ~。

世界遺産薬師寺

世界遺産薬師寺

中門を抜けると目の前に飛び込んでくるのが金堂。
昭和51年に再建されたもの。
この金堂には像高254.7㎝の国宝、薬師如来と同じく国宝である日光菩薩、
月光菩薩が祀られてある。
金堂自体は1528年に焼失したものの、薬師三尊は光背を焼失するものの、お像は自体は当初の造形を残しているのだとか。

世界遺産薬師寺

当然、中の撮影はNGです。

日本で最も美しい仏塔といわれる東塔

世界遺産薬師寺

で、こちらが今回のお目当ての東塔。
日本で最も美しい仏塔といわれているそうな。

世界遺産薬師寺

世界遺産薬師寺

みなさん、この東塔、何重の塔だと思います?
屋根の数は6つですよね。
では6重の塔なのでしょうか。

では、扉の数に注目してください。
扉は3つですよね。

そうなんですよ。
東塔は三重塔なんですね。

なのに屋根が6つ。
これは裳階(もこし)と呼ばれる飾り屋根で、各層に裳階(もこし)がつけられた塔は薬師寺だけなんですな。
この屋根の大小がおりなすバランスはとても美しくその姿が日本一と言われるのだとか。

ちなみに東塔は、薬師寺創建当初から唯一現存する建物で、平城京最古の建造物。
1300年という時空を超えて今なお建っている建造物なんですね。

この東塔の姿を見て、アーネスト・フェノロサが「凍れる音楽」と表現したそうな。

ってアーネスト・フェノロサって誰よ!

アーネスト・フェノロサは日本古来の文化財が軽視されていた明治時代に、その価値を認め、保護に努めたアメリカの哲学者。

日本政府の要請を受け来日したアーネスト・フェノロサ。
哲学者・政治学者でありながら美術への造詣も深く、奈良の文化財に、ギリシャ・ローマ美術にも通じる美を見出したという。

明治21年、宝物調査で奈良を訪れた際に文化財保護の講演を行った。
その際に「日本の美術は西洋と比較して、少しも劣るものではない」

「奈良の文化財は、奈良という一地方だけでなく、世界の宝。その保存の大任は、みなさんが尽くすべき義務であり、栄誉です」と言ったそうな。

奈良の文化財保護に尽力したアーネスト・フェノロサですが、日本の仏教美術を見て回るうちに仏の教えに触れ、やがて仏教に改宗までしたそうな。

そんな彼が薬師寺の東塔を見て「凍れる音楽」と評したというわけだ。

東塔は周知のごとく三重塔ではあるが、各層に裳階(もこし)がついているので六重の塔のようにみえる。
そしてこの裳階(もこし)のひろがりが塔に音調と陰翳を与えている。
白鳳の祈念に宿る音楽性はここにもうかがわるるであろう

亀井勝一郎
「大和古寺風物詩」より

 

修学旅行の学生に流暢に薬師寺の説明をするお坊さんに驚いた

世界遺産薬師寺

さて、東塔の話ばかりですが、こちらが西塔です。
西塔は昭和56年に再建されたもの。

世界遺産薬師寺

国宝である薬師三尊が祀られている金堂を抜けると見えてくるのが大講堂。

世界遺産薬師寺

こちらは平成15年に再建さて、中には弥勒三尊像がお祀りされている。

世界遺産薬師寺

ここで振り返ると薬師寺らしい撮影スポットが。
左に東塔、中央に金堂、右に西塔。
これで天気が秋晴れならいうことなしだったんですがね。
今日は修学旅行の学生がひっきりなしに訪れている。
しばし学生がはけるのを待つ。

世界遺産薬師寺

学生がはけるのを待って再度撮影。
いやいやこりゃ美しいわ。

世界遺産薬師寺

修学旅行生は僧房の方へ行くようだ。
僧房で何があるんだろうと思って近づいてみると・・・

「こちらが東塔です。こちらが西塔です。トレンディエンジェルです!」
「そして永い年月の間で塗装が剝げ落ちたわけです。ってそこで私の頭皮を見たヤツおるやろ!」
「これは禿げてるんでなく、極端に髪が短いだけ!」

なんて流暢に薬師寺の説明をしている声が聞こえて来たので、その話の上手さに惹かれて、僧房の外で少しばかり盗み聞ぎをしていた。

学生を前に誰かが薬師寺の説明をしている。
その話のテンポは速く、リズムが良い。
10秒に1度は笑いを入れている。
そして学生に対してツッコミなんかも入れている。
立て板に水のごとく、薬師寺の説明をして学生から爆笑を取っている。

まさか、本当にトレンディ―エンジェルなのか。
そう思ってしまうほどのシャベクリなのだ。

あまりに流暢なそのシャベクリにその正体が気になって建物の中を覗いてみると・・・

なんとお坊さん!

そうか!場数が違うのか!
毎日、毎日、何回も学生相手に同じ説明をしていると、これほどまでに完成されたシャベクリになるんだな。

いや~これには驚いたわ。
薬師寺を訪れた人はぜひこのお坊さんの説明を聞いてみてほしい。
学生が退屈せずに興味が湧くよう工夫されているのだ。

 

 

続いて平城宮跡歴史公園へ

平城宮跡歴史公園

さてさて、世界遺産の薬師寺を後にしてやって来たのは平城宮跡歴史公園。
午後になってようやく青空が広がってきた。

平城宮跡歴史公園

平城宮跡歴史公園

平城宮跡歴史公園

こちらは朱雀門。
平城京の正門であったそうな。
ちなみにこちらの建物は平成10年に再建されたもの。

平城宮跡 歴史公園

で、こちらが平城宮いざない館という展示、体感施設。

平城宮いざない館

建物の中に入るといろんなゾーンに分かれてるんだな。

平城京

国営平城宮跡歴史公園

国営平城宮跡歴史公園

国営平城宮跡歴史公園

国営平城宮跡歴史公園

これだけいろいろな展示ゾーンが見れて、現地無料ガイドの案内もあって入館無料なんだよね。
なので家族連れの観光などに超おススメ!
奈良公園、唐招提寺、薬師寺にも近いし。

国営平城宮跡歴史公園

こちらが当時の庶民の食事。
精米していないお米を炊いたご飯と青菜の汁物。
味付けは塩が基本。

そしてこちらが貴族の食事。
平城京の時代にここまでごちそうが食べれていたとは驚いた。
食器は漆塗りでシカや鴨の肉、アワビやエビといった海産物。
鍋や蒸し物のようなものまであるぞ。
こりゃ想像以上に豪華だったわ。

舟などもある。

この施設が出来た手の頃に一度来たけど、コロナ過を経過してかなり規模が縮小されているみたい。
お土産物屋で1棟、食べ物屋で1棟あったんだけど、結局、1棟に集約されてしまったようだ。

ちなみに平城京の次は、どこに遷都したか分かる?
平安京だろって思っていた私。
実は平城京の後、無茶苦茶遷都しまくりだったわ。

平城京から30年後に京都府木津川市の恭仁京(くにきょう)へ遷都。
その3年後に滋賀県甲賀市の紫香楽宮(しがらきのみや)へ遷都。
その2年後に再び平城京へ遷都。
その39年後に京都府長岡京市の長岡京(ながおかきょう)へ遷都。
その10年後に平安京へと遷都して落ち着くことになる。

なんなん、この100年間の遷都ブームは。

ってことで今日はこれまで。
ではでは。

 

 

2024年3月末にオープンする奈良市の道の駅「クロスウェイなかまち」の公式サイトが公開されているぞ!そして全国道の駅人気ランキングの闇を見た。

さてさて、みなさん道の駅は好きですか?
旬の野菜や果物、鮮魚が安く、ご当地グルメがあったり、土産物があったりと、なんかお得に満足できる行楽施設として楽しむ人も多い道の駅。

ちなみに現在、日本中にどれぐらいの道の駅があるのだろう。
と調べてみると・・・

なんと全国に1,194もの道の駅があるという。
北海道が断トツの桁違いで127駅。

関西圏内だと兵庫県が35駅。
和歌山県が35駅
滋賀県が20駅
京都が18駅
奈良県が16駅
大阪府が10駅
となる。
このデータは2022年のものなのでそれ以後に出来た道の駅はもちろんカウントされていない。
兵庫県、和歌山県に道の駅が多いのは実感通りだ。

で、2023年8月までに道の駅として登録申請があったのが1,209駅。
この1~2年で15駅も増えている。

 

で、その増えた15駅の中には2024年3月末にオープンする奈良市の道の駅「クロスウェイなかまち」も含まれている。
半年後のオープンなのだが、さっそく公式サイトが9月に公開されたので覗いてみた。

michi-no-eki-crosswaynakamachi.pref.nara.jp

まだ具体的な情報はないが、パースイメージを眺めると地域振興施設「御所の郷(ごせのさと)」みたいな感じなのかなぁ~と。

で、国土交通省は道の駅にどのような展望を持っているのかと気になり調べたところ。

道の駅第3ステージと言われる2025年に目指す3つの姿というものを知った。

■「道の駅」を世界ブランドへ

2025年までに外国人観光案内所の認定を受ける道の駅の数を500駅に。(普及率50%目標)(現在10%)

また、キャッシュレスの導入を1000駅(普及率80%)(現在40%)
また、海外へのプロモーションの促進(現在認知度19%)

 

■新「防災道の駅」が全国の安心拠点に

災害時に早期復旧を図るための拠点としてハード・ソフトを強化した防災道の駅として強化していくのだそう。

 

■あらゆる世代が活躍する舞台となる地域センターに

子育て応援として道の駅にベビーコーナーの設置を普及するのと高齢者の生活の足を確保するための自動運転サービスのターミナルとしての活用を目指すのだとか

まぁ薄々とは感じていたけど、単なるドライバーの休憩所って場所ではないんだな。

さて、ここまで道の駅の事を調べると当然自然に湧き出る関心事が一体どれだけ売上げてんだ。
全国、道の駅売り上げランキングなんてものはないだろうかと調べてみたが、なかなかそのようなデータにたどり着けなかった。

ただ、人気ランキングというのはこれでもかと沢山ヒットする、その検索1位だったのがこれだ・・・

え~と。
全国版道の駅総合ランキングの1位が奈良県の道の駅「ふたかみパーク當麻」って!
思わず椅子からズッコケてしまいそうになったわ。
こういう人気ランキングって闇が深いねぇ~。

いやいや個人的には道の駅「ふたかみパーク當麻」はよく利用させてもらっているし、こじんまりとしてとてもいい道の駅だよ。
だが、全国区で戦うような道の駅ではないのは誰もが知っての通り。

しかも食事ランキング、スィーツランキングでも全国1位ではないか。
そりゃおかしいよ~。
だって近くの道の駅「かつらぎ」のほうが人気があるもの。

www.michieki.jp

 

なんだか記事があっちいったりこっちいったりでまとまらないけど。
要するに言いたかったのは奈良市に新しい道の駅が誕生しますよ!
ってこと。

ではでは。

 

 

 

安藤忠雄が設計し、日本芸術大賞を受賞している大阪府立近つ飛鳥博物館を訪ねる。SFっぽい埴輪を見つけて私の中の古代ミステリーの扉が開いた。

大阪府立近つ飛鳥博物館

さてさて、今日は雨模様ですね。
あいにくの天気に何処に行こうかなぁと思いながらもやって来たのは大阪府立近つ飛鳥博物館。

山のふもとの田舎道を何度も曲がりながら、こんな細い生活道路の先に本当に府立博物館なぞあるのだろうかと思いながら車を進めていると、急に素朴な山の景色にドカンと現れた近代建築。

これは安藤忠雄だと分かりやすいコンクリートの打ちっぱなしの建物。
知らずに来た人は新興宗教の聖地かなぁ。
なんて思ってしまうだろう。

大阪府立近つ飛鳥博物館

大阪府立近つ飛鳥博物館

巨大な階段状の建物。

大阪府立近つ飛鳥博物館

大阪府立近つ飛鳥博物館

エントランスへとつながるアプローチ。
このシルエットが安藤忠雄っぽいなぁ。

大阪府立近つ飛鳥博物館

ここは1994年に建てられた建物で当時、日本芸術大賞を受賞している。
かなり堅牢で立派な建物なんだけど、その総工費と維持費をカバーできるほどの利用者がいるのだろうか?

大阪府立近つ飛鳥博物館

さっそく中に入ってみると、随分と余白のあるスペース。
エントランスには小さなカフェがあり、地元の人で賑わっている印象。

大阪府立近つ飛鳥博物館

博物館の入館料は大人310円。
府立なのでかなり安い。

大阪府立近つ飛鳥博物館

博物館へと入るとまずは飛鳥時代の聖徳太子ゾーン。
ここから先を進むごとに古代国家時代の展示へと進む感じ。

大阪府立近つ飛鳥博物館

大阪府立近つ飛鳥博物館

博物館は1階、中地階、地階の吹き抜けのスロープ構造となっており、その中央には仁徳天皇陵の建造当時のジオラマが展示されている。

大阪府立近つ飛鳥博物館

博物館内はかなり見晴らしがよく、スペースもゆったりとしている。
ちなみに館内で見学をしているのは私一人とカップル1組のみ。
休日だというのにあまりにお粗末な集客人数ではなかろうか。
建物はこんなにも立派だというのに。

大阪府立近つ飛鳥博物館

館内には様々な形をした埴輪が展示されている。
いうまでもなく、ここ大阪の河内平野は古墳の宝庫。
全国の人が知っているか知らないかは知らぬが大阪の百舌鳥古市古墳群は2019年にユネスコ世界遺産に登録され、南大阪では近年、古墳押しが過ぎるのだ。
まぁ世界遺産に登録されたこともあるし、今はちょっとした古事記ブームでもあるので古代国家に興味がある人がもう少しここを訪れているのかもしれん。

そう思って訪ねてみたが、全然人がいない。

大阪府立近つ飛鳥博物館

大阪府立近つ飛鳥博物館

この埴輪、すごくSFっぽくない?
こういう独特の形状をした埴輪を見ると、宇宙人飛来説や、未来人がワームホールで古代へとやって来ていたというオカルト的な話もまんざらでもないような気がするんだよな。

大阪府立近つ飛鳥博物館

こちらは4世紀~5世紀ごろの兜。
うわ~動物の皮じゃん!
こんな兜初めてみたわぁ。

大阪府立近つ飛鳥博物館

こんな兜もあるのかぁ~。
甲冑しか知らなかったが、なんかこんな世界観があったとは・・・
古代国家って結構面白そう。

大阪府立近つ飛鳥博物館

こちらは古代時代の大阪の地理だな。
高安より北は沼というか池というか水辺だったんだな。
そして森之宮のすぐ近くが海辺。
上町大地のすぐ西側まで海だったんだな。
そして上町大地の南側は水辺となっている。

大阪府立近つ飛鳥博物館

ほほん、ちょっと興味が湧いてきたぞ。

大阪府立近つ飛鳥博物館

うそーん!
古代時代にはもうタコ壺漁があったのか。
って古代の人ってどうやってタコを食していたのだろうか。

大阪府立近つ飛鳥博物館

古代とはいえ思いのほか道具も充実しているし。

大阪府立近つ飛鳥博物館

こういう愛嬌あるユニークな埴輪も面白なぁ。

大阪府立近つ飛鳥博物館

こちらは石棺。
この頃からデザインをするという概念があったのだろうか。
様々な形状の石棺があるんだな。

大阪府立近つ飛鳥博物館

こちらはどのようにして人が収まめされていたかという展示。

大阪府立近つ飛鳥博物館

さてとスロープを下りてきて仁徳天皇陵のジオラマへと。

大阪府立近つ飛鳥博物館

これがかなり細かなジオラマだったぞ。
米粒ぐらいの人なんだ。
老眼の私はじっくりと見ないとな。

大阪府立近つ飛鳥博物館

大阪府立近つ飛鳥博物館

いや~細かい。
目を凝らして見ないと何をやっているシーンなのか分からないぐらい細かい。
まぁじっくりと見ても何をしているシーンなのか分からないジオラマもあるんだけど。

大阪府立近つ飛鳥博物館

大阪府立近つ飛鳥博物館

大阪府立近つ飛鳥博物館

なんか柿のような木のみを棒でつついてるね。

大阪府立近つ飛鳥博物館

これはなんのシーンだ。
お昼寝中なのかな。

大阪府立近つ飛鳥博物館

大阪府立近つ飛鳥博物館

大阪府立近つ飛鳥博物館

こちらは狩りのシーンだな。

大阪府立近つ飛鳥博物館

さてさて、ジオラマコーナーも堪能し、こちらは馬の墓から出土した馬の骨だという。
馬もちゃんと土葬されていたんだな。

大阪府立近つ飛鳥博物館

大阪府立近つ飛鳥博物館

いや~あまりある巨大なスペースの大阪府立近つ飛鳥博物館。
その建物自体は見る価値ありという評価も多いが、私は展示物もなかなかに興味が湧いた。

古代時代ってなかなかミステリアスで面白そうだ。

大阪の南側に近鉄南大阪線「土師ノ里」という駅がある。
ここは道明寺という地名でその昔、古代豪族の土師氏が繁栄した場所。
土師氏は技術集団で4世紀~6世紀に古墳造営や葬送儀礼に関った氏族。
多種多様な埴輪の造形も土師氏が発展させていったものだと考えられる。
あのSFっぽい埴輪の造形も土師氏が作ったものなのか?

なんだかそうのような思いをはせると古代時代も面白いよね。

ちなみに土師氏の祖は「日本書紀」の記載によると相撲の起源である人物なのだ。
その名は野見宿禰(のみのすくね)という。

日本書紀によると、大和の国(奈良県)の當麻に「當麻蹶速」(たいまのけはや)という人物あり。

腕っぷしがめっぽう強く、素手で角を折るほどの剛腕を誇っていた。
日ごろから「自分と力比べを互角にする相手はいない」と言っていたそうな。

その噂を聞いた帝は、家臣で「當麻蹶速」(たいまのけはや)と互角に戦えるものはいないかと問う。

すると出雲の国に「野見宿禰」(のみのすくね)という剛腕がいるそうな。

さっそく呼び寄せて戦わせると長い戦いの末「野見宿禰」(のみのすくね)の勝利。
「當麻蹶速」(たいまのけはや)はこの戦いで命を落としたのだそう。

この力比べが国技である相撲の起源と言われている。

この戦いで勝利した「野見宿禰」(のみのすくね)には「土師」という性が与えられ土師氏の始まりとされる。

「野見宿禰」(のみのすくね)が土師氏の祖となり、その後、どのような経緯を辿って古墳造営や葬送儀礼に関った氏族となったのか。

そんな事が気になった今日この頃です。
ではでは。

 

久しぶりの奈良県マスツーリングキャンプで森林公園やすらぎ村へ。そして突然の事故。

祈りの滝

さてさて、今日は久しぶりのマスツーリングキャンプだぞ!
ツーリングキャンプから今帰宅して、さっそくブログを書いている。
まずは大阪と奈良を繋ぐ水越峠の祈りの滝で小休憩。
祈りの滝への道は永らく通行止めだったと思うんだけど・・・
道路整備が完了して通れるようになったんだな。

結構迫力がある滝だわ。
この滝の手前には地下からの吸い上げた湧き水の給水スポットがあり、ポリタンクなどで水を持って帰る人も多いらしい。

さてさて、奈良県吉野郡下市まで走って、奥座敷市場で遅めの昼食。
いただいたのはジビエカレー。
辛さ控えめでなかなか美味かったぞ!

で、キャンプ場までの道を間違えて袋小路状態に・・・・
おいおい!どうやってこのデカいバイクをUターンさせるんだ!
道幅は狭いし、急な坂道だし・・・
みんなでバイクを支えてもらいながらなんとかUターンすることが出来たわ。
デカいバイク乗ってて超恥ずかしいだけど、バイクの取り回しが苦手で、超下手くそなんだよな。

さてと無事にキャンプ場へと到着。
訪れたキャンプ場は奈良県吉野郡下市にある森林公園やすらぎ村。
大阪からのアクセスもよく、かなり整備が行き届いたキャンプ場だこと。
敷地も広いし、家族キャンパーが多い印象。

キャンプ場のすぐ脇には丹生川が流れており、ここで子供たちの水遊びが出来るので家族連れに人気なんだな。

料金もそんなに高くないなぁ。
入場料大人600円で小人が300円(4歳以上中学生以下)
バイクだとオートキャンプが1泊に付き1500円。
今回は2エリアのオートキャンプエリアを借りた。
食材費と薪2つ、BBQコンロを借りてお1人2750円とかなりリーズナブル。

薪は一束300円で、スウェーデントーチまで販売している。
ちなみにスウェーデントーチは1㎝単価100円とのこと。
30㎝の丸太で3000円という事になる。

さてと、受付を済まし、管理スタッフのおじさんに軽トラでBBQグリルと薪を運んでもらいがてらサイトエリアまで道案内をしてもらう。
随分とキャパシティが大きなキャンプ場だとこと。
24時間ビールが買える自動販売機もあるのだとか。

みんなのんびりと家族キャンプを楽しんでるのにバイクで砂利道を進んでごめんなさいね。

予約しておいたキャンプエリアに到着。
2サイト分なんだけど、向こうに見える白い車までが私たちのサイトエリアらしい。
随分と広いなぁ~。
そして都心とは違い、この辺りではまだセミの声が聞こえる。

とりあえず端っこ好きなので一番端っこを陣取る。

ほほん、テントを汚さいないよう板のキャンプ台まであるのかぁ~。

そんでもってササっとテントの設営完了。
モンベルのムーンライトテント2はコンパクトで設営、撤収も超簡単。
バイクツーリングにはおススメのテントなんだな。

さてと、明るいうちに今晩の食事の用意をば。
何を作るのかというと・・・

今日の晩飯は串カツなんだなぁ~。
食材を切る担当、揚げる担当と分業しながら夕飯は進む。

そして日が暮れ、串カツの宴は続く。
うざい蚊がまとわりつくのを覚悟していたが、9月になり蚊や他の虫も少々おとなしくなったみたいでほとんど蚊に刺されることもなく、快適な晩餐だったな。

子供連れのファミリーキャンパーが多いので午後10時ぐらいで周りのテントが消灯しだした。
さて、私ももうビール8本も飲んだことだし、そろそろ寝るとするかなぁ~。

おはようございます。
いや~よく寝たわ~。
朝6時に起床。
まわりは霧で覆われてたけど、洗顔、歯磨き、昨夜の洗い物を終えて今から朝食づくり。
ササっとベーコンなどを焼いて、ロールパンに挟んで食べる。
そして撤収作業。

さてと撤収完了。
バイクを並べて記念写真を撮って、今からダートコースにお出かけ。

で、吉野奥千本からダートコースに行こうと思ったんだけど、通行止めになってたんだな。
それでしかたなくダートコースを諦め、洞川温泉で温泉と食事と思って、黒滝から洞川へと向かうべく、県道48号線という超険道を走ってたんだけど、ここは険道だけあって私も2,3回走ったことがあるんだけど、最近は避けてたんだよね。

で、いよいよ醜い道の状態になって来たところで20人程度のライダーが狭い道の両脇に各々のバイクを停めて小休止している。

あらら、こんな場所でこんな光景は見たことないぞ。
一体何があったんだと思いながらも、手を振ってくるので手を振り返していると、一番前を走っていた私たちの仲間がスッテーンとバイクでこけてしまった。
やはり苔むした道でタイヤがスリップしたようだ。

慌ててバイクを停めて救助に向かう。
周りで停まっていたライダーさんも率先して倒れたバイクを救助してくれた。
どうやら脇腹を強打したらしく、外傷はなさそう。

先行してここで停まっていたバイクグループもここで転倒したらしく、先に進むのを諦めて引き返す途中だったのだとか。

聞くと兵庫県から洞川温泉を目指して来たのだが、GoogleMap先生がこのルートを示したのだとか・・・

そうなんだよ、私もバイク乗りたてのころ洞川温泉から黒滝を目指さしてGoogleMapを信じてこの道を進んで随分と後悔したんだよなぁ~。

で、バイクの団体さんが引き返した後、しばらく友人の回復を待っていると、またもや下からバイクがやって来た。

この先、危険だぞと合図を出すと、面不動鍾乳洞に向かうという。
GoogleMapがこのルートを示しているのだとか。

またか。

この先はノーマルタイヤでは危険なのでなので国道309号線で洞川温泉に向かうように伝えて私たちも引き返した。

そんな事があったので気分を変えて、道の駅でのんびりおしゃべりして解散するかという事になり、吉野路黒滝へと向かう。

道の駅「吉野路黒滝」へ向かう途中、食べてみたかった蕎麦屋「侘助」が営業をしていたのでここで昼食をば。
何度かお店に来たことがあったんだけど休業してたんだよなぁ~。

バイクを停めて階段を上がっていくと・・・

山の中の古民家がいい雰囲気じゃないかぁ~。
こういうお店でたべる蕎麦はまた思い出にもなるんだよなぁ~。

お店の中から眺める景色も素朴な山の景色でトンボの群れが飛んでいるのもまたいいじゃない。

4人テーブルと4人座敷のみで至ってシンプル。

もちろん注文したのは十割蕎麦で950円。
そば豆腐と蕎麦ぼうろがセットになっている。
そして、お塩をネギと辛口大根。
わさびではなく辛口大根で食する蕎麦なんだな。

まずは塩でいただき、蕎麦の歯ごたえと風味を味わう。
こりゃなかなか旨いなぁ~。塩のさっぱり感がたまんない。

続いて、辛口大根のそばつゆでいただく。
ワサビの鼻に抜ける爽快感とはまた違う、さっぱりとした風味。
ほどよく弾力のある歯ごたえ。
なんとも清涼感のあるお蕎麦だこと。

そばに求めるものは人それぞれ好みがあるのだろうが、ここの蕎麦はのどごしがいい。
蕎麦湯のさっぱりとした蕎麦湯だった。

ってことで道の駅「吉野路黒滝」で小休憩して解散。

まぁいろいろあったものの無事に帰宅して大事には至りませんでしたと。
ではでは。

島根県の温泉スポット、三瓶温泉、温泉津温泉へ1泊2日旅へ。石見神楽も見学したよ。

さてさて、今回やって来たのは島根県。
今回は島根県の温泉を巡る旅です。
そしてここは志津見ダム。
大阪から長時間の運転で、しばし腰を伸ばし小休憩。
本日の島根県は線状降水帯が発生しており、すでに出雲市は冠水している場所もあるのだとか・・・
大雨の中、なんとか松江市、出雲市を通過してここまでこれたがこの先の空模様が気になるところ。

大正時代の湯舟が今でも現役、三瓶温泉亀の湯へ

三瓶温泉

で、やってきたのは島根県太田市にある三瓶温泉。
ここには地元に人に愛されるレトロな無人浴場があるんだな。

三瓶温泉亀の湯

そして目的の温泉がこちら。

三瓶温泉亀の湯

三瓶温泉亀の湯

三瓶温泉亀の湯

源泉かけ流しの湯「亀の湯」です。
このなんともレトロ感のある佇まいが素敵。
扉を開けるとどんな雰囲気なんだろう。

三瓶温泉亀の湯

ほほん、こんあ感じで非常にシンプル。
完全無人の温泉なんだな。

三瓶温泉亀の湯

三瓶温泉亀の湯

亀の湯の入浴料は300円。
無人の温泉なので、料金箱に直接300円を入れるシステムなんだな。

脱衣所に貼ってあった案内。
昼間は入浴をする人が少ないので源泉のまま34℃の温度で、夕方から加温をするそうな。
そういえば脱衣所の雰囲気を伝える写真を撮り忘れてたわ。

三瓶温泉亀の湯

で、浴槽はというとこんな感じ。
丸い楕円の浴槽が真ん中にポツンとあるのみ。

三瓶温泉亀の湯

三瓶温泉亀の湯

いや~いいじゃないかこの雰囲気。
まるでこの空間だけ時間が止まっているような感覚。
それもそのはず、実はこの浴槽、なんと大正時代からのもので今でも現役で活躍しているんだな。
いやいやこういう温泉にのんびり浸かるが憧れだったんだよ。

三瓶温泉亀の湯

浸かってみると、源泉の温度そのままの34℃。
かなりぬるい温泉。
まるで温水プールのような温度なんだけど、夏の暑い日にこれが心地よいのだ。
温泉の色は茶色く濁っている。
臭いはそれほど感じなく、ほぼ無臭。
肌触りはしっとりとした印象。
美肌効果が高い泉質なんだとか。
いや~源泉がジャバジャバと流れる音だけが響くレトロな浴場でのんびり湯に浸かるなんて最高じゃないですか。

三瓶温泉亀の湯

浴槽のフチには温泉成分ががっつりとついている。

三瓶温泉亀の湯

流れる源泉が湯舟に届いてないんだけど・・・
源泉ダダ漏れじゃんか。
って思うんだが、なんと三瓶温泉は毎分3,000Lもの噴出量で、その湯量は西日本でもトップクラスなんだとか。
マグマで温められた温泉で、ポンプで汲み上げるのではなく、自噴の温泉。

sanbe.site

 

三瓶温泉鶴の湯へ

三瓶温泉鶴の湯

さて、続いてやってきたのは先ほどの三瓶温泉亀の湯から約1㎞ほどの場所。
三瓶温泉鶴の湯。
三瓶温泉には亀の湯と鶴の湯があるんだな。(まぁそのほかにもいろいろな温泉があるけど)

三瓶温泉鶴の湯

三瓶温泉鶴の湯

こちらも源泉かけ流しの温泉。
さきほどの亀の湯と比べると大衆浴場らしい外観。

三瓶温泉鶴の湯

扉を開けて入ってみると、こちらは入浴券を自販機で購入するシステムみたい。
たしか無人の公衆浴場と聞いていたが・・・
入浴料300円のチケットを購入し、出てきたチケットはどうすればといいんだ。
と周りを見渡してみると・・・

三瓶温泉鶴の湯

結局はその賽銭箱みたいな箱に入浴券を入れるのかよ。

三瓶温泉鶴の湯

三瓶温泉鶴の湯

三瓶温泉鶴の湯

三瓶温泉鶴の湯には昭和感のある休憩スペースがあるんだな。
懐かしいぞこのブラウン管テレビ。

三瓶温泉鶴の湯

そして何やら2020年の温泉総選挙でファミリー部門第3位に島根県三瓶温泉が選ばれたとのこと。

三瓶温泉鶴の湯

鶴の湯の脱衣所はこんな感じ。
亀の湯とは違って鍵付きのロッカータイプ。

三瓶温泉鶴の湯

三瓶温泉鶴の湯

で、浴場はというとこんな感じ。
亀の湯とは違い現代っぽい浴場。

三瓶温泉鶴の湯

湯舟に浸かってみると、かなり温かい。
こちらの鶴の湯は常時加温をされており温泉の温度は約40℃ほど。

三瓶温泉鶴の湯

三瓶温泉は源泉かけ流しで湯量が多く、湯の華も多いのだ。

三瓶温泉鶴の湯

だから自噴する温泉はこのように湯舟に注がれるのではく、そのまま流されている。
この鶴の湯は明治時代に温泉を利用した旅館が立ち始め、昭和の中頃の全盛期には旅館や保養施設など約30施設が立ち並んだそうな。
娯楽施設やお土産屋などで週末は通りの反対側まで行くのが大変だったような話もあるだそう。

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今夜の旅館、温泉津温泉の「のがわや旅館」へ

温泉津温泉

温泉津温泉

雨が激しくなってきたので、早々に今夜のお宿がある温泉津温泉までやって来た。
途中、石見銀山世界遺産センターなども寄ってみたが、銀山坑内の見学も先週からの大雨で中止なんだとか。

温泉津温泉

さて、こちら今夜お世話になる温泉津温泉の「のがわや旅館」
有名な薬師湯まで約500mと近く、それでいてリーズナブルな料金、雰囲気のある佇まいが気に入ってこの旅館を予約しておいた。

温泉津温泉

温泉津温泉

この落ち着いたエントランスがいいですね。
チェックインもスムーズで、ここのご主人も感じがいい人。

温泉津温泉

温泉津温泉

エントランスから2階につながる階段を上がり、廊下を歩くと。

温泉津温泉

こちらが本日私が泊まるお部屋。
「うのまる」という部屋。
各部屋の名前にはこの辺りの地名が使われているのだとか。

温泉津温泉

温泉津温泉

落ち着いた雰囲気の和室6畳間。
いやいや、畳の上でゆったり過ごす。
これぞ旅館の醍醐味ですな。

温泉津温泉

温泉津温泉

温泉津温泉

窓側のスペース。
窓も木枠で、結構手の込んだ造りをしてるよね。
これはかなり歴史を感じる旅館だな。
きっと昔の風情を残しつつリノベーションしてるんだろうな。
いやいいわこの部屋。

温泉津温泉

部屋に飾っているこの絵も雰囲気がある。

温泉津温泉

そして旅館と言えばやはりこのおばあちゃんタイプの鏡だよな。
部屋でしばらく入れていただいたお茶と饅頭をいただき、しばし休憩。
テレビをつけてみるとこの大雨で島根県で車が川に流されたとかのニュース。
再び今夜の天気が不安になる。

温泉津温泉

少々雨も小雨になって来たので温泉街を散策。

温泉津温泉

温泉津温泉

温泉津温泉

温泉津温泉

時間があったので薬師湯まで下見を兼ねて。

温泉津温泉

温泉津温泉

今夜はこの龍御前神社で石見神楽の奉納があると聞いているので今夜が楽しみ。

温泉津温泉

さて、旅館に戻って夕食までまだ少し時間があるので。

温泉津温泉

旅館のお風呂でも入るかと浴場へ。
中庭の情景もなかなかいい感じ。

温泉津温泉

温泉津温泉

温泉津温泉

浴場はこんな感じ。
温泉津温泉の源泉の湯舟と普通のお湯の2種類の湯舟。

温泉津温泉

いや~いいですな。
本日3度目の温泉。

温泉津温泉

お湯に浸かった後は夕ご飯。
夕食はお部屋でいただくスタイル。
まずはお刺身とお豆腐、鱧の湯引き、お蕎麦。
さっそく生中を頼む。

温泉津温泉

続いて鰆の塩焼きと天ぷら。

温泉津温泉

続いては何だったけな。
とうがんの料理と・・・
忘れったがどの料理もかなり美味しくいただきました。
最後がご飯とみそ汁、そしてデザートのフルーツも美味しくいただきました。
もうお腹は大満足。

 

 

石見神楽を堪能する

温泉津温泉

さて、夕食の後は近くの龍御前神社で石見神楽の奉納があるとのことで行ってみることに。

温泉津温泉

陽が落ちた温泉街の雰囲気はいいもんだ。

石見神楽

おおう、やってるね。

石見神楽

石見神楽

石見神楽

石見神楽

石見神楽

石見神楽

石見神楽

石見神楽

石見神楽

石見神楽

石見神楽とは日本遺産に登録された文化で古事記や日本書紀などの日本神話の物語を笛や太鼓に合わせて舞う伝統芸能。
スサノオがヤマタノオロチを退治するクライマックスが有名。
動きが激しく迫力があるのでまだまだ見ていたいのだが、今回の旅のクライマックスである薬師湯の営業時間の限りもあるので途中で退散。

極上の温泉、薬師湯へ。

温泉津温泉

温泉津温泉

夜の温泉街を歩いて薬師湯まで。

温泉津温泉薬師湯

温泉津温泉薬師湯

温泉津温泉薬師湯

温泉津温泉薬師湯

温泉津温泉薬師湯

温泉津温泉薬師湯

世界遺産である石見銀山の温泉地である温泉津温泉は温泉地として全国初の国の重要伝統的建築物群に指定された場所。
中でもこの薬師湯は大正初期に建てられた木造洋館の旧館。
まるで昔の映画館のような佇まいにおもわずうったり。

ここ温泉津温泉は 昭和49年8月に公開された「男はつらいよ」第13作。
「男はつらいよ 寅次郎恋やつれ」の舞台となった場所。

温泉津温泉

その泉質は日本温協会の転園温泉の審査でオール5を取得。
山陰で唯一の最高評価の温泉なのだ。

温泉津温泉薬師湯

脱衣所はこんな感じ。
温泉に入る前に細かな説明を番台のお母さんから聞く。
この温泉は普通の温泉ではなく、温泉効果も高く、湯の温度は46℃。
普通の温泉のようにのんびり浸かっているとかならずのぼせるので、2~3分程度湯に浸かり、額に汗を感じたら湯舟から上がって体を休めるようにと。
そして歩くこともままならなった女性が10日間この薬師湯に入っていると、10日後には歩けるようになったらしい。

私の後に来た人は温泉地だけにかなり酔っていたらしく、入浴するのにかなり酔いぐわいをチェックされていた。
それほど湯治湯として体に効き目があり、一つ間違えれば湯あたりがある温泉なのだろう。

温泉津温泉薬師湯

それではいざ。
これが薬師湯の浴場である。
あたりは湯の成分が固まっている。

温泉津温泉薬師湯

温泉津温泉薬師湯

温泉津温泉薬師湯

入ってみるとさすがに熱い。
これが46℃の湯舟かぁ~。
さすがに2~3分で汗かくわ。
湯の香りをかいでみると結構鉄くさい感じ。
肌触りは肌に突き刺さってくる感じ。
これが温泉の高温度からくるものなのか温泉の泉質なのかは分からないが。
何度か湯舟に入ったり上がったりを繰り替えしていたが。
こりゃ長湯は無理だわ。
15分程度ですでに体がポカポカになっている。

温泉津温泉薬師湯

ナマズの口から注がれる源泉はほぼ空気に触れない源泉が注がれているんだそう。

温泉津温泉薬師湯

そうそうに湯を上がり、休憩スペースへ。
大正時代の建物だけに休憩スペースもモダンな感じ。

温泉津温泉薬師湯

温泉津温泉薬師湯

温泉津温泉の薬師湯は3階建ての建物でモダンなインテリアが置いてある。

温泉津温泉薬師湯

さてと、薬師湯で体がポカポカになり、宿まで帰るとしますかな。

温泉津温泉薬師湯

温泉津温泉薬師湯

温泉津温泉

温泉津温泉

さてと、旅館に帰ってぼちぼち寝るとしますかな。

 

温泉津温泉で朝散歩

温泉津温泉

さてと5時半に目覚めて朝食まではGRⅢを持って朝散歩です。
夜間に激しい雨音で何度か起こされましたが、朝起きると雨は止んでいた。

温泉津温泉

朝の静寂の温泉街も雰囲気いいですね。
裏山ではサルの鳴き声も聞こえます。

温泉津温泉

温泉津温泉

男はつらいよの撮影の時代はかなり繁栄したんでしょうね。
すでに廃業した旅館もちらほら。

温泉津温泉

温泉津温泉

温泉津温泉

温泉津温泉

温泉津温泉

温泉津温泉には狭いエリアにお寺や神社が密集している。

温泉津温泉

温泉津港

温泉津港

旅館から歩いて約10分の温泉津港に行ってみると。
霞がかかって幻想的な風景。

温泉津温泉

さて、旅館に戻って朝食です。
いや~ここの旅館の食事はまじで美味い。
煮物の味付けとか好みがあるんだけど、甘い味付けが結構好み。
またひじきも苦手の部類だったんだけど、ここのひじきは甘味もあって美味かったなぁ。

ってことで、災害級の大雨もまだまだ続いているという事で、早々にお土産を買って大阪に戻りたいと思います。
家内に買い物に行くので午後5時までには戻るようにと言われてますのでね。

ってことで今日はこれまで。
ではでは。

 

 

近鉄特急「ひのとり」に乗りたいがために名古屋へ行く。

近鉄特急ひのとり

さてさて、今日は近鉄特急「ひのとり」で名古屋まで。
家内が所要で名古屋へ1泊2日で行くとのこと。
そして近鉄特急「ひのとり」で行くというもんだから、私もぜひ「ひのとり」に乗ってみたい。
私自身は特に名古屋に所要はないけど近鉄特急「ひのとり」で同行することにした。

時刻は土曜日の朝7時、鶴橋駅にて。
この日は全国的に災害級の大雨が降るとのこと。
この日の九州は凄い雨だったようでその後、連日線状降水帯が発生したというニュースが。

近鉄特急ひのとり

いや~室内めちゃ快適だわ~。
レギュラーシートでも全席バックシェルが採用されており、後ろの人に気を使う事なく、シートをリクライニングすることが出来る。
足元にはフットレストがあり、シート間のスペースにもゆとりがある。
窓側、通路側の両方にコンセントがありその快適性は新幹線とは全然違う。

新幹線であれば大阪ー名古屋間は約1時間なのだが、近鉄特急だと約2時間。
しかしながら料金は3000円も安いのだ。

近鉄特急

近鉄特急ひのとり

ひのとりのロゴマークが入ったシートはなんか特別感があるよね。

近鉄特急ひのとり

近鉄特急ひのとり

近鉄特急ひのとり

近鉄特急ひのとりにはカフェスポットがあり、挽きたてのコーヒーやお菓子などを買うこともできる。

近鉄特急ひのとり

当然記念にひのとりのロゴマークが入った挽きたてのコーヒーをいただく。

近鉄特急ひのとり

そして名古屋へ到着。
正直2時間は時間を持て余す。
車窓を眺めながら榛原通過、名張通過、四日市通過、桑名通過みたいな感じで、今どのあたりを走っているのだろうと確認しながら時間を過ごす。

さて、名古屋駅で家内とは別行動。
私はぶらぶらと気楽に名古屋観光でもしようかな。
名古屋城やら香嵐渓はもうすでに行ったことがあるので・・・

で、やって来たのはJR熱田駅。

朝早いので商店はまだ開店していないみたい。

熱田神宮

熱田神宮の東門に到着。
なにやら朝市みたいのがあるみたい。

熱田神宮

月の初め、毎月1日の「あつた朔日参り」に合わせて「朔日市」が開催されているようで・・・

熱田神宮

ご覧のように凄い人。
よくよく観察してみると一つのお店に並んでいる行列がここまで伸びているらしい。
ほほう、いったい何のお店なんだろう・・・

熱田神宮

あつた蓬菜軒というひつまむしで有名なお店。
何やら唐揚げを売っているみたい。
このお店は熱田神宮に来る際にチェックをしていてぜひひつまむしを食べてみたいなぁと思っていたお店だわ。

熱田大社

いや~朝から賑やかでいいね~。

熱田神宮

こちらではあつた宮餅というのが売られている。
お土産に買って帰りたいけれど、名古屋についてさっそく手荷物が増えるのもわずらわしいからな~。

熱田神宮

熱田時宮

熱田神宮と言えば三種の神器である草薙剣が祀られているところ。
それだけの知識しかないのだ。

熱田神宮は思っていたよりも人が多い印象。

熱田神宮

熱田神宮

本殿には警備の人が多く、なんだかものものしい感じ。
こりゃなんか特別なことがあるんじゃなかろうか。

熱田神宮

月初めという事で神事が行われているようだ。
そして後で知ったのだが、この日の午後に大相撲名古屋場所を前に、横綱照ノ富士が熱田神宮で土俵入りを奉納したとのこと。
コロナ過で横綱の土俵入りの奉納は4年ぶりなのだとか。
なるほどそれで警備の人が多かったのか。

熱田神宮

熱田神宮

熱田神宮で名物の宮きしめんでも食べようかとも思ったが・・・
まだ朝の10時台で腹が減ってないんだよな~。

さて、熱田大社を後にし、地下鉄「熱田神宮西」駅へと向かう。

ほほん、名古屋の地下鉄は右回り、左回りっていうのか。

さて、地下鉄に乗って向かうのは・・・

大須商店街

やって来たのは大須商店街。
大阪でいうところの心斎橋みたいなところ。

大須商店街

名古屋で粉もんがこれほど安いとは思わなかった。
お好み焼き320円だと!

大須万松寺通りから大須観音通りへと向かう。

おお!こちらのお好み焼きはなんと280円。
こりゃ本場大阪よりも安いんじゃない。

商店街をブラブラ散策しながら大須観音へ。

海外の観光客の人たちが手に鳩を乗せて楽しんでいるんだけど・・・
日本人の感覚ならちょっと引いちゃうなぁ~。

続いて大須商店街の仁王門通りへ。

子供の頃に商店街によくあったおもちゃ屋さん。
懐かしくてお店の中を覗いてみたいんだけど、お店側からすると単なるひやかし客になっちゃうからなぁ~。

おお~結構懐かしのおもちゃ屋さんが残っているもんだ。

海外の専門料理店が多い印象。

商店街の広場ではフラフープのパフォーマンスが行われていた。
ふーぱーまえぴーという方らしいが、この人のパフォーマンスはかなり凄かった。

そろそろ腹が減ってきたぞ。
ということで、浅ひろ本店というお店のメニューを眺めていると・・・

実は名古屋めしだと!
えびおろしかぁ。
ちょうど蕎麦が食べたいなぁと思っていたところなんだな。

お店のメニューを一応眺めて見るけど、心の中はえびおろしで決まっているんだな。

こちらが実は名古屋めしだというえびおろしそば。
めんつゆをぶっかけていただく。
胃がもたれぎみの私にはもってこいのメニューだわ。
さっぱりした味でしっかりと食べれる。
これなら午後もまだまだ歩けそうだわ。

いや~大須商店街なかなか面白かった。
大阪でいうと心斎橋と日本橋とアメリカ村がコンパクトにまとまった。
そんな印象でした。

栄方面まで歩いていると、おっ!かに道楽か?
なんか微妙に看板のカニの造形が違う印象なんだが。

なるほど、かに本家というのか。
名古屋でかにと言えば、かに本家なのね。

ブラブラ歩いて名古屋市科学館まで来ましたよ。
すると公園の向こうからなにやら聞き覚えのある声が聞こえてくるんだよな。
もしやこの声は・・・・

声のする方へ行ってみると。

やはり山本太郎氏であったか。
この日は増税反対のデモ行進が行われるとのこと。
ほんとこの方勢力的に活動されているなぁ~。

ってことで名古屋駅に戻って、再び近鉄特急ひのとりで鶴橋まで帰ります。
ではでは。

明日から島根の温泉巡り旅行に行くんだけど。
お天気はこれまた災害級の大雨に注意とのこと。
ほんとタイミングが悪いなぁ。

島根県の絶景スポット。まるでアニメのような世界、重要文化財の宿、美保関がむちゃ良かった。出雲大社や松江城も行ったよ。

 

まずは島根県までのんびりとバイクツーリング

さてさて、今日は久しぶりのバイクツーリング。
自宅から約350㎞先の島根県出雲大社を目指す。
所要時間は約4時間30分。
台風3号の影響でかなり天候が不安定とのことなのだが、まぁなんとかなるでしょってことでバイクで出かけた。
まずは西宮名塩で小休憩。
平日だし、この天気予報ではバイクはほとんど見かけない。

なんとか雨に降られずに勝央サービスエリアまでこれたな。
やはりバイクは全然いないな。

続いて岡山県の蒜山サービスエリア。
路面を見てもらうと分かると思うが蒜山でかなりの雨に降られた。
レインウェアを着ようと思ったのだが、どうせ峠特有の通り雨だろうと・・・
「ええい、ままよ!」
とレインウェアを着ずにそのまま走り切った。
蒜山サービスエリアに到着する頃には雨も上がり、青空さえ見えている。
雨の被害もなんとか耐えたかな。
ここから出雲大社まではあと100㎞。

ようやく島根県の宍道湖まで来た。
宍道湖は汽水湖なのでシジミが取れるんだな。
フナムシもいてるし、鯉も泳いでいるし、ボラも泳いでるしなんとも海とも言えず淡水とも言えない不思議な生態系。

さてさて、出雲大社の駐車場にようやく到着。
時刻は15時。
島根県って遠いなぁ。
っていうか道々のんびりと休憩しすぎだったわ。

思ったのとちょっと違った出雲大社

出雲大社

ようやく到着した出雲大社。
国造りの祖である大国主が祀られている出雲大社ってどんな雰囲気なんだろう。
一度は訪れてみたいと思ってやって来た。

出雲大社

こちらが出雲大社の土産物通り。
平日だからか、それとも時間が遅かったのか人はまばら。

出雲大社

そして振り返ると出雲大社の勢溜の鳥居。
ほほう、これが出雲大社への入口かぁ。

出雲大社

想像した以上に敷地内が広い。
伊勢神宮、明治神宮、橿原神宮と同じようにやはり出雲大社も広大な敷地の中にあるのだな。

出雲大社

石畳の参道を抜けると松の参道が続く。
まさに神御座す場所という感じだ。

出雲大社

ようやく拝殿が見えてきたぞ。

出雲大社

こちらは大国主のモニュメント。
このような古事記の物語を再現したモニュメントでこれほど大きなものは関西圏ではあまり見かけない。
島根県はやはり出雲信仰が濃いのであろう。

出雲大社

これが日本一と言われる出雲大社の大しめ縄なのか。
なんか思っていたのと違う。

出雲大社

出雲大社

出雲大社

そりゃかなりデカいとは思うけど・・・
印象的にはもっとデカいのかと・・・
後で分かったことだが、本当にデカいしめ縄は拝殿のしめ縄ではなく、神楽殿にあるしめ縄なのだとか・・・
あぁ、そんなの知らんかったわ。
知ってたら神楽殿も見に行ってたのに・・・
これから出雲大社に旅行に行くという人は神楽殿が一番大きなしめ縄だから要注意ですよ。

出雲大社

そしてこちらが御本殿。
大国主が祀られている場所。

出雲大社

平成の大遷宮で神饌料を納めた名だたる皇族家の名前が書かれている。

出雲大社

出雲大社を訪れてみると柏手を4回打つ人が多いことに気付く。
調べてみると出雲信仰では柏手を4回打つのがスタンダードなのだとか。
また一般の参拝者の中には祝詞(のりと)をそらで言える人がいることにも気づく。
祝詞(のりと)とは「かしこみかしこみ申す」という八百万の神に奏上する詞(ことば)

近畿地方では京都、奈良、高野山と仏教信仰が根強いので各宗派に合わせたお題目をそらで言える人は多いが祝詞(のりと)をそらで言える人は初めて見た。
やはり出雲信仰が根深い島根なのだろうか。
このような文化の違いには興味をそそられる。

出雲大社

出雲大社

出雲大社参拝道を散策

出雲大社

さて、お腹も減ったので食べ物を求めて出雲大社前のお土産通りを散策。

出雲大社

歩道と車道の境目が曖昧なのが特徴なのかな。
割とゆったりと歩けるような印象。

出雲大社

因幡の白兎の伝承地だけに兎のモニュメントがやたらと多い。
こちらの兎はじゃりン子チエの小鉄やアントニオの雰囲気が漂う人間味のある表情が面白い。

「なんでわしがテツのしりぬぐいをせんといかんのや!」
そんなことを言っている表情だわ。

路地裏にも土産物や食べ歩きの食事を提供するお店もあったりする。

 

出雲大社

参拝道には重要文化財の宿というのも見受けられた。
こういう宿にはいつまで泊まれるか分からないので泊まれるうちに訪問したいもんだ。
私が今夜泊まる美保関の美保館も重要文化財に指定されている。
今回の島根の旅はこの重要文化財を見れるうちに見ておきたいという旅なのである。

出雲そば

出雲と言えば出雲そば。
参拝道には様々な出雲そばのお店があるのでどこのお店に入るべきか思いあぐねていたところ。
ちょうど観光案内所があったので、飛び込んで出雲そばを食べるならどこのお店がおすすめかと尋ねたところ、この一福さんが有名とのことでやって来た。
時刻は16時。
蕎麦がなくなったら閉店ということらしいが・・・

出雲大社

平日で天候も悪いからか蕎麦はまだ残っているようでお店に入る。
観光案内所で聞いた出雲に来たら割子蕎麦を食べるべしということで割子蕎麦を注文。

割子蕎麦

こちらが注文した割子蕎麦。
三段のお重のような形になっている。
お店の人に聞くと、薬味とそばつゆをかけて食べるのだそう。
そばつゆは一般のそばつゆと比べてかなり濃いのでかける量は控えめにとのこと。

ほほん、こりゃかけるそばつゆの量を間違えると三段目までには無くなってしまうかもな。
そばつゆがどれだけの量があるのかは容器の中を見ても分からんし。
そばつゆをそそぐ傾き加減で量を測るしかあるまい。

薬味を添えて、そばつゆを少し注ぐ。
食べてみるとこりゃ美味い。
かなり濃いそばつゆの旨味と薬味の鰹節が効いている。
蕎麦には上質のワサビだろうと思っていたが、鰹節もなかなかいいもんだ。

もっちりとした歯ごたえのあるそばもいい。
濃厚なそばつゆで食べるもっちり感のある蕎麦は食べ応えがあってこれはこれで各段に美味いのである。

島根県のパワースポット、稲佐の浜へ

稲佐の浜

さてさて、続いてやって来たのは出雲大社からバイクで5分程度の場所、稲佐の浜。

稲佐の浜

稲佐の浜

稲佐の浜

稲佐の浜にある弁天島。
稲佐の浜は大国主神が高天原から派遣された武甕槌神(たけみかづちのかみ)と国譲りの交渉をしたという場所。
また出雲では旧暦の10月、全国の神様が集って“神議り(かみはかり)”という会議が行われると伝えられて、全国の神様はこの稲佐の浜から上陸してくるのだそう。
だから10月は神無月と呼ばれているが、ここ出雲では神有月と呼ばれるらしい。
毎年10月にはこの稲佐の浜では多くの神職や氏子らが集まり、海からやってくる八百万の神さまを迎える神事、神迎祭(かみむかえさい)を行うのだそう。

稲佐の浜

島根県訪問のメインである国登録有形文化財の宿、美保関へ。

美保関

さて、出雲大社から約70㎞離れた美保関へ。
移動に1時間30分もかかってしまった。
時刻は18時過ぎ、ようやく旅館美保館へと到着。

美保関

こちらが今日宿泊する旅館「美保館新館」。

美保関

そしてこちらが美保館新館の隣にある国登録有形文化財の本館。
現在はこちらの本館に宿泊することは出来ないが、朝食はこの本館でいただく。
また朝食後にゆっくりと見学することも出来る。
明日の朝が楽しみだわ。

美保関

旅館の目の前は美保漁港。
すごく見晴らしがいいのに天気が悪いのが残念でならない。

美保関

こちらが旅館のエントランス、ロビー。
いや~いい雰囲気ですな~。

皇太子時代の天皇陛下も訪れている旅館なのか。
その他有名人の来館時の写真も展示されていた。
さっそくチェックインを済ませて部屋へと向かう。

美保関

こちらが本日泊まるお部屋。
ああ~これぞザ・旅館という部屋だぞ。
結局こういう部屋が一番落ち着くんだよな。

美保関

美保関

窓から眺める漁港の景色も最高じゃないか。
凄く小さな入江の漁港町なので、部屋からは漁港全体が一望できる。
おぉ~これはいい部屋だわ。
夕食無し、朝食付きで1泊12100円。

青石畳通り

青石畳通り

旅館のすぐ裏には美保神社へと続く青石畳通りという小路があり、ここがまた魅力的で風情ある景色なのだ。
日が完全に落ちると妖艶な灯りが美しい景色になるだろうからその頃にまた撮影してみよう。

美保関

とりあえず日が落ちるまでお風呂にでもはいるかな。
美保館のお風呂は最上階の7階にある。

美保関

美保関

美保関

お風呂はこんな感じ。
今晩の宿泊客は私以外に2組の宿泊者しかいないようで完全に貸切風呂状態。

美保関

大浴場からの漁港の眺めも最高。
いや~こりゃ落ち着くなぁ~。

美保関

さて、お風呂上りにはビールを飲みながらのスーパーで買ったお刺身をいただく。
漁港近くだけあって松江のスーパーで購入した天然真鯛のお刺身が368円とめちゃめちゃ安い。

美保関

さてと、外も暗くなったので青石畳通りの撮影を再開。
どうですこの雰囲気。
めちゃくちゃ情緒あるじゃないかぁ。

美保関

美保関

美保関

美保関

美保関

いやもうこの雰囲気だけで島根まで来た甲斐があったというもの。
これが旅館のすぐ裏の通りですからね。
なんともいい場所だわ。

美保関

ついでに旅館の目の前の漁港も撮影してみた。
ほんとにのどかな漁港町だな。

美保関

で、こちらは国登録有形文化財の美保館本館。
今日はこちらで地元の方の宴会が開かれているらしい。
最近、ぼちぼちと宴会の予約も入って来てるみたい。

 

築120年、複雑な構図の国登録有形文化財、美保館本館

美保関

朝目が覚めると外はあいにくの雨。
うーん、今回の旅は天候に恵まれないなぁ。

美保関

身支度を整えてさっそく朝食会場へ。
朝食は登録有形文化財に指定されている美保館本館でいただく。

美保関

細い路地を向けて朝食会場へ。

美保関

朝食はこんな感じ。
非常に豪勢な朝食。

美保館

こちらはシジミ汁。
落ち着いた静かな部屋でじっくりと朝食を味わう。
なんとも時間の流れが優雅だな。

美保関

美保関

さて、朝食後は今回の旅で一番楽しみだった国登録有形文化財の美保館本館の見学。
築120年でガラスの天井ってめちゃくちゃ珍しくない?
この2枚の写真だけでもこの宿がどれだけ個性的なのかが伝わると思う。

美保関

美保関

この階段、いったいどうなってんだ。
斜めにかけられた階段の向こうには中2階の小部屋のようなものがあるし。
そもそもなんでこんな複雑な階段を設計したのだろうか。

美保関

2階に上がると中央の吹き抜けの廻りをぐるりと囲うように廊下が設けられている。

美保関

美保関

なんとも複雑な構図。
中2階らしきお座敷があるんだな。
まるでアニメの世界のような建物だわ。

美保関

美保関

美保関

美保関

美保関

美保関

美保関

美保関

美保関

美保関

なんかもうどこを切り取っても絵になる旅館だな。

美保関

美保関

美保関

美保関

美保関

なるほど風俗営業料亭でもあったのか。
だからなんなに複雑で豪華な作りだったのかな。

毎朝祝詞(のりと)と雅楽による巫女の舞いを奉納する美保神社へ

美保関

さて、雨に濡れた石畳がこれまた美しい青石畳通りを抜けて向かうのは旅館から歩いて3分の美保神社へ。
美保神社では毎朝8時30分に祝詞(のりと)と雅楽による巫女の舞いが神様に奉納されるとのこと。
365日毎朝のお勤めをしている神社というのも珍しく、さすがは国生み神話の島根という感じがする。

美保関

美保関

美保関

美保関

美保関

ほほう、こりゃ思った以上に立派な神社だこと。
山に囲まれた美保神社は朝の新鮮な空気が張りつめている。
小雨のせいか神社の佇まいがより一層に幻想的に見える。
賽銭箱に入れた小銭の音が山にこだまするのではなかろうかと思えるほど静かだ。
柏手の音がパーンと周囲に響く。
これは御座すな。

この美保神社に祀られているのは大国主神に国譲りを進言した事代主神(コトシロヌシ)。

美保関

宮司による祝詞が始まった。
静かな神社には祝詞の声と小鳥のさえずりしか聞こえない。
私の体の中の邪念も浄化されている気分になる。

美保関

美保関

祝詞の後は雅楽に巫女の舞いの奉納。
なんと厳かな時間なんだ。
朝のお勤めは約1時間ほど続いた。

島根県の美保関は昔は海運の要所として栄えた町。
島根半島の東端、三方を海に囲まれた美保関。
聖なる岬と呼ばれ、出雲信仰が厚く、港自体がパワースポットだとも言われている。
全国的な知名度はまだまだだが、未来に残したい漁業漁村の歴史文化財産百選に選ばれている場所なのだ。

 

「日本の灯台50選」にも選ばれている美保関灯台へ

美保関

美保関

さてと雨も上がったので10時前にチェックアウトを済ませて美保関の漁港をあとにする。
いや~それにしてもいい漁港町だったな美保関。
ここからは美保漁港からバイクで約5分の美保関灯台へと向かう。

美保関灯台

あっという間に美保関灯台に到着。
灯台には観光ビュッフェも併設されているのだが今日は臨時休業とのこと。

美保関灯台

ほほんあれが美保関灯台か。

美保関灯台

美保関灯台

いや~天気が良ければな~。
この景色もずいぶんと違ったはずなんだけどな~。

美保関灯台

美保関灯台

灯台まで来てみたけれどこの天気じゃ全然映えないな。

美保関灯台

美保関灯台

美保関灯台

海の向こうに見えるのは鳥取砂丘と並ぶ鳥取県の自然遺産。
標高1,709mを誇る中国地方最高峰の大山。
NHKで実施された「日本名峰ランキング」で富士山、槍ヶ岳に続きベスト3に選ばれたこともある名峰。
天気が良ければさぞ綺麗に見えたんだろうな。
残念無念。

 

帰りは松江城へ

松江城

さて、帰りは松江城へ。
美保関から松江に来る時に激しい雨に打たれてテンションダダ下がり。

松江城

松江城

松江城

松江城

松江城

松江城

松江城

激しい雨に打たれて靴の中までぐちょぐちょになったので集中力が切れちゃってしっかりと松江城を堪能出来なかったんだな。

ってことで今回の旅はこれまで。
とりあえず島根県美保関はむちゃむちゃ良かったよ。

ではでは。

 

奈良県の寺社巡り。お寺の中に日帰り温泉やゴルフ練習所がある霊山寺(りょうせんじ)へ。右大臣小野富人(おののとびと)って本当に歴史的な人物なの!

霊山寺

さて、さて、今日は奈良市にある霊山寺(りょうせんじ)へ。
霊山寺(りゅうせんじ)の駐車場は観光バスが何台でも停めれるであろうほど広い。
だがご覧の通り駐車場はガラガラ。

実はこのお寺の存在を最近知ったのである。
夜な夜なビールを飲みながらどこか面白いスポットはないだろうかとGooglemapを眺めていた私。
富雄にこんな大きなお寺があったとは・・・
自宅から車で1時間で行ける場所なのに・・・
全く知らなかった。

という事でさっそくやって来たわけである。

霊山寺

入山料は500円。
ちなみにこの寺の中には薬師湯という薬草風呂があり、そちらの入浴料は別途500円。
朝の9時30分だからか参拝客は誰もいない。

霊山寺

ほほう、奈良県富雄にこんな場所があったとは・・・
ずいぶんと綺麗に手入れがされた植栽と北山台杉が植えられた参道。
まるで日本庭園を彷彿とする佇まい。
それにお寺なのに鳥居?
何故かというと霊山寺には弘法大師がお祀りになられた大辨才天がおられるからなのだとか。

霊山寺

これだけ綺麗にお寺を維持するにはさぞお金がかかるだろうに。
罰当たりながらその財源はどこから?
と気になってしまう。

霊山寺

マップを見るとこれほどのお堂や建物があるとは・・・
そして一番下にあるゴルフ練習場って?

霊山寺

ここ霊山寺(りょうせんじ)がある奈良市の富雄の里は、古事記では登美(とみ)の地とあり、遣隋使で有名な小野妹子の小野家の領地であった。
小野妹子の息子である右大臣小野富人(おののとびと)は大海人皇子が起こした壬申の乱に関わった罪で登美山に閑居を命じられた。
その後、熊野本宮を訪ねた際、薬師如来(熊野速玉大神の本地仏)が夢枕にあらわれて『薬湯を作り、病人をたすけよ』とのお告げがあり、この地に薬草湯屋を建て、庶民の病を治したそうな。

霊山寺

そのような由来でここ霊山寺(りょうせんじ)には薬師湯殿があり、この薬草風呂に500円で入浴できるのだそう。

ところで小野妹子の息子である右大臣小野富人(おののとびと)って誰?
ネットで調べてみても霊山寺(りょうせんじ)に関する情報しか得られず。
ウィキペデイアの右大臣一覧を調べてもの名は存在せず。

右大臣 - Wikipedia

いったいこの情報の出どころはどこなんだ。
遣隋使として小野妹子は小野家を歴史に名を遺したが、右大臣になるほどの家柄ではなかったそうだ。

はやり情報の出どころが気になるところ。
右大臣小野富人(おののとびと)って誰よ。

今流行りのChatGPTに尋ねたところ。

右大臣小野富人は、平安時代初期の貴族・政治家であり、桓武天皇や淳和天皇の治世に活躍しました。彼は、藤原氏の有力な支族である小野氏の出身で、父は大伴旅人、母は藤原冬嗣の娘でした。

小野富人は、律令制度の下で法曹官僚の一員として出世し、中納言、右大臣などの要職を歴任しました。また、文学や音楽にも精通しており、『万葉集』や『古今和歌集』にも作品が収録されています。

彼は、天平勝宝の変や奈良時代末期の藤原氏の台頭期に活躍し、その政治手腕や文化的功績は高く評価されています。

ほんまかいなあ!

霊山寺

霊山寺

霊山寺

霊山寺

霊山寺

霊山寺

さてさて、薬師湯の由来の情報が気になりますが、新緑が美しく、都心部でありながら鳥のさえずりも楽しめる静かないい場所です。

霊山寺

霊山時

新緑の撮影をしているとお坊さんが私に近づいてきて、マップを広げてこの辺りのシャガの花が今見頃ですよ。
とわざわざ教えてくれた。
確かにシャガの花は陰影のある湿地に自生しているのでなんとも趣のある花なんだな。

霊山寺

霊山寺

霊山寺

霊山寺

いや~新緑が美しい季節ですな~。

霊山寺

苔も青々と茂り緑が美しい。

霊山寺

霊山寺

いろいろなお堂を巡っていると教祖像とだけ書かれた像が・・・
この方が誰なのか気になってネットで調べたら、先代住職の奥さんでかなりの霊力を持ったシャーマンであったそうな。
家相、地相をみたり、株、経営などのアドバイスもしたりでこの教祖の助言でたいそう儲かった方からのお布施が集まったそうな。

この近くの生駒山は霊山としてその昔は様々な新興宗教の施設が沢山あった。
また、この霊山寺の近くには奈良県の屈指の心霊スポット「白高大神」があり、そこは昭和初期には優れたシャーマンとして一世を風靡した巫女中井シゲノの玉姫教会の聖地である。
なんだかこの地の地場がシャーマンとしての力を開放するのか、それとも優れたシャーマンがこの地に導かれるか、なんともそのような言われが多い場所でもある。

霊山寺

霊山寺

霊山寺

そしてこちらが霊山寺の本堂。

霊山寺

霊山寺

都心にある寺なのだが山寺らしい風情がある景色もある。

霊山寺

そしてこちらがなんでお寺の中にゴルフ練習所?
という場所。
ほんとうにお寺の中にゴルフ練習所があったんだ。

霊山寺

残念ながらこちらのゴルフ練習所は令和2年12月20日に営業を終了したようだ。

霊山寺

そのゴルフ練習所のすぐ横に重要文化財の三重塔が建っている。
なんともこんな位置関係な場所はこれまで見たことがない。

霊山寺

杉林の向かいには近代的な建物が・・・
金殿白金殿といい、中には世界でも珍しプラチナのお堂があるのだそうだ。

霊山寺

霊山寺

お寺の中には食事処もあるんだけどこれが結構広くて立派な食事処。
失礼ながら私が知らないだけでそれほどの集客力があるお寺なのだろうか。
そう思ってしまった。
なんかパラレルワールドに来てしまった気分。

霊山寺

お土産などもあったりする。

 

さてさて、霊山寺を参拝した後は霊山寺より車で約20分の場所。
味噌ラーメンで有名な古民家らーめん春友流へ。

奈良に古民家の食事処は多々あるが、古民家で美味しい味噌ラーメンがいただけるのは奈良でも珍しい。

玄関を入るとまさに住宅。
こんな雰囲気だからてっきりテーブルでの注文かと思いきや・・・

玄関脇に食券販売機があったりする。
とりあえず注文したのはオーソドックスに味噌ラーメン880円。

古民家をそのままラーメン屋として営業している店内。
いや~こういう雰囲気でラーメンをすするのも楽しみだわ。

さてさて、やってきましたよ味噌ラーメン。
チャーシューにキクラゲ、ミンチ肉におろし生姜、もやしにたまねぎがトッピングされた濃厚なのに後味さっぱりなスープ。
その味を例えるなら大阪古潭ラーメンに近い。
ガツンと味噌味の古潭よりもこちら方がややマイルドな感じ。
旨い!この記事を書いている今でもまた食べたい。
古民家の雰囲気もいいじゃないか。
これはおすすめだわ。

ってことで今日はこれまで。
ではでは。

 

長野県、岐阜県の絶景スポット、中山道の宿場町、妻籠宿、馬籠宿へ1泊2日の旅。郡上八幡とかモネの池とか

 

全国で一番広い面積の重伝建、長野県の妻籠宿へ その広さは大阪の門真市とほぼ同じ。妻籠宿

さて、今日は長野県の妻籠宿へ。
中山道六十九次の宿場である長野県の妻籠宿と岐阜県の馬籠宿を巡る1泊2日の旅。
ほんとうはバイクでツーリングを楽しみながらの旅を予定していたのだが、あいにく土曜日は全国的な本降りの雨ということで、残念ながら車で巡る旅となった。
大阪を発ったのは朝の7時30分。
名古屋経由で岐阜から長野へ。(少しでも高速料金を抑えるため)
ここ妻籠宿の観光駐車場に到着したのが11時30分である。

妻籠宿

妻籠宿に着いた頃には小雨になっていたのがありがたい。

妻籠宿

妻籠宿

妻籠宿

妻籠宿

妻籠宿

妻籠宿を訪れている観光客はヨーロッパ・アメリカからの人が多い印象。
ここ、中山道42番目の妻籠宿は400年前の宿場町を今でも色濃く残す。
そして日本有数の広さを誇る重伝建である。
その広さ1245.4ヘクタールもあり、大阪の門真市ほどの広さ。
これほど大きな面積での保存ができたのは妻籠宿が全国に先駆けて昭和40年代と日本が高度経済成長の真っただ中で保存活動を活発に行ったためだろう。
昭和40年代は全国でもまだまだ未開発の地方では古い建物が残っていた。
ではなぜ妻籠の住民は一丸となって活発に保存活動を進めたのか・・・
それは当時、この辺りの集落はみなじり貧であったという事。
時代は鉄道での移動が主流となり宿への需要が急減。
また、仕事を求めて若者が集落を離れて都会へと出ていき、過疎化が問題となった。
宿以外にさしたる産業がない妻籠は過疎化と貧困という問題のさなかにあった。

そこて地域住民が観光開発として妻籠集落の保存を提起。
昭和43年に「売らない・貸さない・壊さない」の信条のもと、「妻籠を愛する会」を設立。
昭和51年に重要伝統的建造物群保存地区」に選定された。

1245.4ヘクタールという広大な広さは妻籠宿から眺める山々の景色も含めて保存地区としており、建物だけでなく見える景色そのものも400年前にここを訪ねた旅人が眺めたであろう景色とするため。

この広さは全国の重伝建で一番広い。

「重要伝統的建造物群保存地区一覧」と「各地区の保存・活用の取組み」 | 文化庁

 

妻籠宿に来たら絶対見るべき脇本陣奥谷

脇本陣奥谷

脇本陣奥谷

妻籠宿を訪ねたら脇本陣奥谷は絶対に見ておきたい場所。
島崎藤村の初恋の人と言われる「ゆふ」さんの嫁ぎ先がここである。
ちなみ入館料は600円。妻籠宿本陣との共通券なら700円。

脇本陣奥谷

建物内に入ると館内ガイドのおばちゃんが約10分程説明をしていくれる。
「まず、火を焚きますね。」
そういわれた私「雰囲気づくりで囲炉裏に火を炊くのかな。」そう思った。

囲炉裏に火が付くと「代々問屋をしていた林氏が務めた家である。」と話が始まる。

脇本陣奥谷

脇本陣奥谷

脇本陣奥谷

この光景どこかで見たことはないだろうか。
格子窓からの光芒が美しい場所として私も何度か写真を見た記憶がある。
「なるほど、あの写真はこの場所だったか!」そう思った私。
「だから囲炉裏に火を入れ、煙を出して光芒を演出するのか!」単なる雰囲気づくりと思った私は浅はかであった。
しかし、今日は雨。
陽射しがないのでダメだなぁ。
館内ガイドのあばさんにそういうと、いやいや晴れても今日はダメなのだと。
光芒が美しいの冬限定、南向きの格子窓から室内まで光が届くのは冬の太陽が南に傾いている時期だけ。

「だから12月~2月にもう一度妻籠に来てくださいな。」と。
時間は正午ごろがシャッターチャンスなんだとか。

脇本陣奥谷

脇本陣奥谷

脇本陣奥谷

脇本陣奥谷

脇本陣奥谷は明治10年に総檜づくりで建てられた3階建ての建物で妻籠宿本陣に泊まりきれない役人などを泊める宿として全18室あったそうだ。
総檜造りで建て替えられたのには江戸時代の幕府の政策に関係がある。

ここ妻籠宿のある木曽の木材は昔から良質で、江戸城、名古屋城の築城や造船、土木事業などに使われていた。
約100年間、木曽の木を使い続けて来たため木材が枯渇。
そこで木曽を治める尾張藩が森林保護政策として木曽五木であるヒノキ、サワラ、アスナロ、ネズコ、コウヤマキの伐採を禁止。

脇本陣奥谷

利用価値の高い材木の伐採を禁止されてしまった地域の人。
困ってしまい隠れて伐採などをしようものなら厳罰処分とされ、「木一本、首一つ」と語り継がれるようになった。

大政奉還後、明治になり木曽五木の伐採禁止もなくなったため、木曽の檜を使った脇本陣奥谷は建て替えられた。

脇本陣奥谷

脇本陣奥谷の裏には立派な資料館があり木曽の歴史を学ぶことが出来る。
ちなみに資料館は脇本陣奥谷の入館料に含まれている。

妻籠宿本陣

資料館を出るとすぐ目の前が妻籠宿本陣。

妻籠宿本陣

妻籠宿本陣

妻籠宿本陣

妻籠宿本陣

妻籠宿本陣

妻籠宿本陣

妻籠宿本陣

妻籠宿本陣は島崎藤村の母の生家であり、最後の当主は藤村の実兄である島崎広助。
当主である島崎広助が東京へ出た後、建物は壊されたものの、平成7年に江戸時代後期の間取りをもとに忠実に復元された。
建物の中には島崎家ゆかりの資料が展示されてある。

 


妻籠宿の美しい町並み

妻籠宿

妻籠宿

妻籠宿

妻籠宿

妻籠宿

妻籠宿

妻籠宿

妻籠宿

妻籠宿

妻籠宿

妻籠宿

妻籠宿

妻籠宿

妻籠宿

妻籠宿

こうやって写真を眺めていると小雨が降る妻籠宿もなかなか雰囲気があるもんだ。
時刻は午後2時。
約2時間半の滞在。

 

 

明治時代の芝居小屋「かしも明治座」へ

かしも明治座

さて、続いてやってきたのは先ほどの妻籠宿から車で45分の場所。
かしも明治座。
天気が雨なので建物内で観光が楽しめる場所を探していたらここのたどり着いた。

かしも明治座

かしも明治座

芝居小屋の前の駐車場に車を停めると、すぐに建物内から地元の方が出てきた。
あいさつをすると「大阪から来たんですか?」と。
車のナンバープレートで分かったんだろう。
大阪からわざわざ来たことが珍しいように受け取れた。

かしも明治座

さっそく芝居小屋の中を案内してもらった。
人当たりのいいおじさんで芝居小屋の隅々まで案内をいただき、また様々なエピソードも話していただいた。

かしも明治座

まず、このかしも明治館は明治27年に建てられもので、地元の方がお金と労力を出し合って作ったものである。
このあたり中津川や恵那は全国屈指の地芝居の盛行地であったそうだ。
今でも歌舞伎公演や音楽コンサートなども行われるが、公演がない時でも無料で一般公開をしている。
人がいないと建物が悪くなるという理由で窓を開け、通風を行い地元の人が案内をしているのだそう。

かしも明治座

加子母明治座

建設にかかったお金は当時で1200円だったかと思う。
しかし案内の人はもっと細かな金額まで案内くださったと記憶しているのだが、12〇〇円と細かな金額までは暗記できなかった。

かしも明治座

かしも明治座

かしも明治座

2階の観客席に上がってみるとずいぶんと視界が広がる。
なんと収容人数は600人なのだとか。
このかしも明治座を国の重要文化財にしようと地元の活動があった際、審査・調査のために東京から役人さんが来たのだそう。
結果、明治当時は屋根がなかったので、明治当時の姿、つまり屋根を取っ払えば国の重要文化財として認定されるという運びとなった。
が、これには地元の方が猛反発。
今でも当時の雰囲気は残しつつ、使い勝手がいいように地元の方々が工夫して改善しているにもかかわらず、屋根を取っ払うとは何事。
それなら国の重要文化財にならなくてもいいという事で屋根はそのままに岐阜県の重要文化財となっている。

かしも明治座

かしも明治座

娘引き幕と言われる引き幕。
男たちは山から木を伐り、100人がかりで曳いたそうな。
それだけの人数でもひと曳きわずか2,3寸だったとか。
それだけ苦労して運んだ木材は樹齢400年の太さ1m、長さ14.5mという巨大な梁となり、その巨大な梁のおかげで大黒柱のない見晴らしのよい舞台となった。

そんな男たちの苦労をねぎらってか、地域の娘さんたちはこの引き幕を贈ったとのこと。
引き幕に書かれているのは役者の名ではなく、この地方の娘さんの名である。
もちろん明治27年に建てられた当時の娘引き幕だ。
案内のおじさん曰く、この引き幕に書かれた家は今でもそのほとんどがこの地域に残っているのだそうだ。

地元の方はこの引き幕を大切に保管できるよう、レプリカを作ろうとしたそうだが、現在ではこれだけの染め物が出来る職人がいないのだそう。
そのことをとても残念がっていた。

かしも明治座

続いて舞台を案内いただく。

かしも明治座

かしも明治座

この舞台幕は中村七之助、中村勘九郎さんがここで歌舞伎を行った際に使用したもので、かしも明治座でしか使えない大きさの舞台幕であったため、ここに寄贈をされたのだそう。

かしも明治座

続いて楽屋の控室を案内いただく。

かしも明治座

かしも明治座

かしも明治座

こちらは十八代目 中村 勘三郎が残したサイン。
中村勘九郎、中村七之助さんが訪れた時に勘三郎さんのとなりにサインを残していったのだそう。

かしも明治座

実際に中村勘三郎さんがサインをしている写真が飾ってあった。

かしも明治座

他にも楽屋の壁には様々な落書きが残されている。
芝居の世界ではこのように楽屋の壁にサインや落書きをする風習があるそう。

かしも明治座

楽屋には坂本龍一さんの訃報に関する記事が張られている。
坂本龍一さんは「ついのすみかを日本で選ぶ時期が来た際には、ここ加子母(かしも)と東白川村を重要な候補地として考えたい。それぐらい森の素晴らしさに感動した。」
と記事に掲載されている。
坂本龍一さんは亡くなる前、明治神宮の再開発を見直す旨、東京小池都知事に手紙を送った。
積極的な自然保護活動を行っている坂本龍一さんはここ加子母(かしも)で自然保護に関する協定の調印式に出席した際、ここかしも明治座を訪れている。

かしも明治座

その時の坂本龍一さんのサインがこちら。
となりにはスタジオジブリの鈴木としおさんのサインもある。

かしも明治座

かしも明治座

かしも明治座

かしも明治座

こちらは一番古いサイン。
明治27年と書いてあるのでかしも明治座が建った年のもの。
もしかしてこけらおとしの時かもしれん。

かしも明治座

かしも明治座

楽屋はここまで。

かしも明治座

続いては楽屋の下にある小道具倉庫。

かしも明治座

小道具倉庫を進むと・・・
芝居小屋と言えばこれだ。
奈落への入口。

かしも明治座

奈落とは大道具方が廻り舞台を廻したり、スッポンから登場する役者がここを通る。
スッポンとは妖怪、幽霊などの化け物の類が花道から登場したり退場したりする小さなセリの事。

かしも明治座

かしも明治座

こちらが廻り舞台である。
かしも明治座の廻り舞台は回転するコマまで木製なのでかなりの重労働だろう。
約3人でこの廻り舞台を廻すのだそう。

かしも明治座

かしも明治座

このような芝居小屋を見学するのは人生初めて。
芝居小屋を見るだけでも価値があるのに、その上、舞台裏である楽屋の様子や風習、なおかつ様々な面白いエピソード話なども聞けるのに無料とはいささか気がひける。

かしも明治座

ここでは屋根板寄付というものがある。
かしも明治座は瓦屋根を乗っけると瓦の重みに耐えられないおそれがあり、屋根は裂いた榑板(くれいた)を重ねて屋根を葺いていく榑葺き(くれぶき)
これは20年ごとに屋根を葺き替える必要があり、その板を寄付金として1枚500円で購入することが出来る。
私もこの寄付を行った。
板に住所と氏名を書き、屋根を葺くときは祈祷をしてくれるのだとか。
またしかも明治座の娘引き幕がデザインされた手ぬぐいが500円で売っていたのでこちらも購入。
これでぴったり1000円。

さてと時刻はもう16時前。
そろそろ今夜の宿に向かうとする。

 

今夜のお宿は中山道43番目の宿場町馬籠宿へ、宿泊している日本人は私一人であった民宿馬籠茶屋

馬籠宿

さて、今夜のお宿はここ、中山道43番目の宿場町、馬籠宿にて過ごすことに。

馬籠茶屋

で、今日私がお世話になるお宿がここ、馬籠茶屋。
江戸時代の宿場町のお宿の雰囲気を残すとても魅力のある外観。
ゲストハウスとして海外観光客を積極的に取り込んでいるのだとか。
ちなみに土曜日の宿泊で1泊2食付きで10,230円。安い。

馬籠宿

玄関を開けてチェックイン。

馬籠茶屋

玄関を開けてまず目に入ってきたのが「木曽路はすべて山の中である」という島崎藤村の「夜明け前」の序文であった。

馬籠茶屋

玄関には4月中半だというのにまだストーブが煌々と焚かれている。
そう、「木曽路はすべて山の中にある」
山なので多少、下界と比べて気温が低いのだ。
ラウンジだという仏間からは英語で会話が聞こえてくる。
やはり外国の宿泊客が多そうだ。
チェックインに対応してくれたのは東南アジア系の女性。
私の部屋は2階のAGEMATSUという部屋らしい。

馬籠宿

細長い廊下を挟んで客室が並んでいる。

馬籠茶屋

私が今日泊まる部屋はこの上松宿という部屋。
馬籠茶屋の部屋名はすべて中山道の宿場町の名がふられている。

馬籠茶屋

馬籠茶屋

私が今晩過ごすお部屋がこちら。
六畳一間のシンプルなお部屋。
一人旅で過ごすのにはこれで十分。
冷蔵庫がないのが少し残念。
缶ビールを購入して冷蔵庫で冷やしておこうと企んでいたのだが・・・
しかし梁の具合や薄い緑色の壁紙に畳敷きはなんとも昭和の和室という落ち着き感がある。
窓の障子もたまらない。
久しぶりに天井から吊るされた照明の紐をカチッカチッと引っ張って照明をつけた。
これ、海外の観光客は照明の付け方分かるのだろうか。
そんなことを考えた。

馬籠茶屋

部屋の隅っこにあるおばあちゃん風の小さな鏡も味わいがあるなぁ。
さてと、荷物を置いて18時の夕食までまだ1時間ほどあるので馬籠宿を散策するかな。

馬籠宿

宿を出てみると雨は上がり下界に雲海が広がっていた。
さすが「木曽路はすべて山の中にある」だな。

馬籠宿

馬籠宿

古い町並み越しに見える遠くの山々の雄大な景色。
雨で艶を帯びた屋根瓦に霞をまとった山系がなんとも美しい。
木曽に来てよかった。
そして雨が降ってよかった。
そう思った。

馬籠宿

さて、料理の準備が出来たという事で食事をするために別棟へ。
宿の目の前が食事処として別棟が建っているのだが、風情ある水車よりも目立つポケモンGOのポケスポットのモニュメントがなんともって感じ。

馬籠茶屋

馬籠宿扉を開けると白人の方しかいない。
約8組ほどで20人ぐらいかな。
すべて白人の人ばかりで日本人は私一人であった。
館内を飛び交う会話はすべて英語であり、まるで海外旅行にでも来たかのような錯覚が起きる。
ここで宿泊する日本人は珍しいのか〇〇さん、ご飯のお替りはいかがですか?
と名前を憶えていただけたみたいでご飯のお替りをお願いした。
食事のボリュームは私にはちょうどいい量であった。
お味も申し分ない。

馬籠宿

食事を終えたらササっとお風呂に入ってしまおう。
浴場は大人2人が浸かれる湯舟にシャワーが3つ。
洗髪をし、体を洗って湯舟に浸かっていると隣の部屋に泊まっている外国人の方が入ってきた。
「ハイ!」と言われたのでこちらも「ハイ!」とあいさつをする。
私は英語が全く出来ない。
シャワーの温度調整に苦労をしているみたいなので、風呂桶を持って湯舟のお湯を体にかけるジェスチャーをしてみせたのだが、なにやら「風呂桶大丈夫だよ!ありがとう!」みたいなことを言っていたと思う。
いささか余計なお世話であったのかもしれん。

馬籠宿

馬籠宿

風呂を済ませ、少し夜の馬籠宿を散策しようと外に出たものの。
雨は本降りへと変わっていた。
いたしかたなく部屋へと戻り、関西ではなじみのないメーテレのテレビ番組を眺めつつ、地方独特のCMにこれも旅の醍醐味だなと缶ビールを流し込む。

馬籠宿

そして一夜明けて午前7時前。
すっかり雨は上がったみたいだ。

馬籠宿

馬籠宿

馬籠宿

馬籠宿

馬籠宿

馬籠宿

馬籠宿

馬籠宿

馬籠宿

雨も上がったので7時30分の朝食までしばしお散歩。
雨上がりの新鮮な空気と鳥のさえずりが心地よい。

馬籠宿

そして本日の朝食がこちら。
やはりこのシンプルさが日本の朝の食事だよな。
相変わらず日本人は私一人。
配膳をするスタッフは〇〇さん、おはようございます!と声を掛けてくれる。

が、周りではGood Morning・・・・・・・
と相変わらず英語しか聞こえてこない。

日本の宿場町でこのような海外旅行気分を味わえるのも面白いもんだ。
今、旅路から帰って来てもう一度行ってみたいという気になっている自分がいる。

馬籠宿

馬籠宿

早々に朝食を済ませ、午前8時30分にチェックアウト。
外に出てみると空は晴天へと変わっていた。

馬籠宿

馬籠宿

そして馬籠宿の展望台へと来てみると壮大な木曽の山々の景色が広がっていた。

 

そして郡上八幡へ

郡上八幡

郡上八幡

さてさて、岐阜旅行2日目は郡上八幡へ。
この日は郡上八幡の春祭りが行われていた。

郡上八幡

郡上八幡

清流と名水の城下町、また郡上おどりで有名な郡上八幡。
訪れたかったのはここ。
やなか水のこみち。

郡上八幡

郡上八幡

郡上八幡

郡上八幡

郡上八幡

郡上八幡

郡上八幡は妻籠、馬籠とは違い東南アジアから観光客で賑わっていた。
私の想像と違ってかなり町並みが閑散としていたので早々に郡上八幡を発つ。

 

 

旅の最後はモネの池と言われる名もなき池へ

モネの池

さて、旅の最後の訪問地は岐阜県関市板取にある名もなき池(通称 モネの池)へ。
モネの池が話題となってもうずいぶんと経つが、いまだに駐車場は常に満車の状態。

モネの池

あちらがモネの池らしい。
集落の神社のそばにあるごくごく普通の池らしい情景。

モネの池

モネの池

モネの池を撮影する人達。
いや~しかしどこにでも集落の池という雰囲気なんだけどなぁ。

モネの池

モネの池

モネの池

モネの池

モネの池

モネの池

モネの池

モネの池

さて、私が撮影したモネの池。
美しく撮るには真上からの直射日光が必要で池の底に魚形の影が映り水草が色鮮やかになるのだとか。
しかしながらこの日は直射日光がなく、水面に光が差し込まない。
いたしかたなく写真をアンダー気味で撮影することで濃淡を演出してみた。
また水面の映り込みを制御するためのPLフィルターも必須。
なんとなくモネの池っぽく仕上げたつもりだがどうだろう。

という事で今回は1泊2日の岐阜の旅でしたとさ。
ではでは。

っていうか記事書くのにどんだけ時間がかかってるんだ。

奈良県信貴山朝護孫子寺にて

信貴山

信貴山

信貴山

信貴山

信貴山

信貴山

さてさて、今日も雨。
しかも寒気が戻ってきたという事で最高気温は15度以下で肌寒い。
桜の開花状況はというとまさに今週末が見頃だったのだが・・・
だからと言って桜は待ってはくれず。
シブい天気でも少し撮影に出かけた。

雨の日は人が少ないとメリットはあるものの、レンズを向けるのも億劫になるもんだ。
ということで今日はこれまで。
カメラビショビショだわ。

新しくできた三重県の観光スポット。日本最大級の商業リゾート施設「VISON(ヴィソン)」までバイクツーリング。日帰り温泉「本草湯」がまるで美術館のようだった。

 

三重県の新たな観光スポット日本最大級の商業リゾート施設「VISON(ヴィソン)」

さてさて、今日は三重県に新しくできたVISON(ヴィソン)までバイクツーリング。
国道166号線で奈良県から三重県の松坂市へとぬける。

三重県の観光スポット「VISON」

で、VISONに到着。
2021年にグランドオープンした、日本最大級の商業リゾート施設「VISON(ヴィソン)」。
日本の誇るべき食・文化・アートとテクノロジーが集結する 地方創生プロジェクトなのだとか。

日本最大級の商業リゾート施設「VISON(ヴィソン)」

日本最大級の商業リゾート施設「VISON(ヴィソン)」

なんかすっごく素敵。
そしてめちゃ広い。
海鮮BBQとかできるみたいだし。
こちらはマルシェエリアらしい。
他にもスィーツエリアやら和エリアなどがあるそう。

日本最大級の商業リゾート施設「VISON(ヴィソン)」

マルシェエリアでは食べ歩きが出来るようなものも販売されている。
いやいや見ているだけでも楽しい。

日本最大級の商業リゾート施設「VISON(ヴィソン)」

日本最大級というだけあってかなり土地に余裕があるなぁ。
まだまだお店とか出来そうな印象。
電動キックボードのレンタルが出来るみたいで、若い人は電動キックボードで移動をしていた。
まぁそれだけ広いということだな。

日本最大級

このモダンな建物はホテルだと。
ホテルヴィゾンとか旅籠ヴィゾンとかコンセプトの違う宿泊施設がいくつかあるいたい。
「野に遊び、野に学べ」というコンセプトで、心身と自然環境とをつなぐ場を提供しているのだとか。

日本最大級の商業リゾート施設「VISON(ヴィソン)」

日本最大級の商業リゾート施設「VISON(ヴィソン)」

日本最大級の商業リゾート施設「VISON(ヴィソン)」

なんかお店がスゴイ沢山あるなぁ。
こりゃ一日楽しめるよな。

日本最大級の商業リゾート施設「VISON(ヴィソン)」

出汁のいい香りがするなぁと思ったらかつおぶし屋さん。
削節本舗 伊勢和というお店。
澄ましらぁ麺が食べれるとのことで食べたいのだが行列ができとるなぁ。

日本最大級の商業リゾート施設「VISON(ヴィソン)」

日本最大級の商業リゾート施設「VISON(ヴィソン)」

なんかどのお店もおしゃれな感じだわ。

日本最大級の商業リゾート施設「VISON(ヴィソン)」

なんか屋外にエスカレーターとかあるし。

日本最大級の商業リゾート施設「VISON(ヴィソン)」

日本最大級の商業リゾート施設「VISON(ヴィソン)」

日本最大級の商業リゾート施設「VISON(ヴィソン)」

日本最大級の商業リゾート施設「VISON(ヴィソン)」

で、エスカレーターを乗り継いで今日の目的地へ。

 

まるで美術館のような日帰り入浴施設「本草湯」へ。

日本最大級の商業リゾート施設「VISON(ヴィソン)」

日本最大級の商業リゾート施設「VISON(ヴィソン)」

日本最大級の商業リゾート施設「VISON(ヴィソン)」

さて、やってきたのは日帰り入浴施設「本草湯」
このおしゃれな建物が銭湯とな。

日本最大級の商業リゾート施設「VISON(ヴィソン)」

日本最大級の商業リゾート施設「VISON(ヴィソン)」

日本最大級の商業リゾート施設「VISON(ヴィソン)」

玄関を入るといちいちおしゃれな感じ。
さずがアートがコンセプトになっているだけあるな。

日本最大級の商業リゾート施設「VISON(ヴィソン)」

で、目の前に広がっている空間は下駄箱。
こんなに絵になる下駄箱ってなかなかないよ。

日本最大級の商業リゾート施設「VISON(ヴィソン)」

おいおい!銭湯にコンセプトマップがあるなんて初めての経験だわ。
単なる施設マップじゃなく、あえてコンセプトマップと書いてあるところがちょっと鼻につく感じもあるけど。
で、なにやら水鏡という大浴場のコンセプトらしい。

日本最大級の商業リゾート施設「VISON(ヴィソン)」

たぶんここが日本で一番最先端な銭湯だと思われる。
私の中でモダン建築とはまさにこんなイメージなのだ。

日本最大級の商業リゾート施設「VISON(ヴィソン)」

リラクゼーションスペースもなんだかシュロのようなものが垂れ下がっていてアートな感じがするよな。

日本最大級の商業リゾート施設「VISON(ヴィソン)」

日本最大級の商業リゾート施設「VISON(ヴィソン)」

アメニティグッズやお土産品などの販売もしている。

日本最大級の商業リゾート施設「VISON(ヴィソン)」

そしてこちらが番台か。
もしくはショップのレジなのか。
おしゃれ過ぎて勝手がわかんぞ。
近づいてみると入浴料などと書いてあるのでこちらが番台だ。
入浴料800円を支払う。

日本最大級の商業リゾート施設「VISON(ヴィソン)」

で、これが銭湯への入口か。
アートだな。たぶんアートなのだろう。
きっとアートに違いない。

日本最大級の商業リゾート施設「VISON(ヴィソン)」

日本最大級の商業リゾート施設「VISON(ヴィソン)」

日本最大級の商業リゾート施設「VISON(ヴィソン)」

日本最大級の商業リゾート施設「VISON(ヴィソン)」

なんだここは?
休憩スペースか?
まるで美術館か博物館じゃないか・・・
浴場はどこだ?
光がさす方向に歩いて行くと・・・

日本最大級の商業リゾート施設「VISON(ヴィソン)」

あれ?
ここは何?
トイレか。
それにしても開放的な贅沢な空間。
どうも勝手が分からん。
浴場はどこだ。

日本最大級の商業リゾート施設「VISON(ヴィソン)」

あったわ男湯。
反対の方向に行ってたんだな。
のれんをくぐると・・・

日本最大級の商業リゾート施設「VISON(ヴィソン)」

まさに男湯に間違いない。

日本最大級の商業リゾート施設「VISON(ヴィソン)」

次はなんだというのだ・・・
男湯ではないのか・・・

日本最大級の商業リゾート施設「VISON(ヴィソン)」

水鏡と書いてある。
ここが男湯の脱衣所だな。

日本最大級の商業リゾート施設「VISON(ヴィソン)」

それにしても綺麗な脱衣所。
っていうか誰もいない。

日本最大級の商業リゾート施設「VISON(ヴィソン)」

これは!
何をするスペースなんだろう。
手を洗うのかなぁ。

日本最大級の商業リゾート施設「VISON(ヴィソン)」

こちらがかけ湯スペースなんだけど。
見た感じちょっと使い方が分からないのでシャワーでかけ湯。

日本最大級の商業リゾート施設「VISON(ヴィソン)」

えっ!
誰もいないの?

日本最大級の商業リゾート施設「VISON(ヴィソン)」

これだけの浴場を貸切状態ですか。
外にはスゴイ沢山の人がいたけど。
みんなお風呂には入らないのかなぁ。

日本最大級の商業リゾート施設「VISON(ヴィソン)」

こちらが露天風呂。
白濁していのはコメヌカとショウガの薬草湯なのだそう。

日本最大級の商業リゾート施設「VISON(ヴィソン)」

露天風呂の奥には池があって、池と湯舟に映るリフレクションが美しいから水鏡というんだな。
いや~まさか一人ぼっちだとは思わなかったなぁ。

vison.jp

 

帰路にて。

さて、帰りは国道368号線で大阪へと戻ることに。
で、こちらは仁柿巨大稲わらモニュメントと言われるスポット。
高さ6mの稲わら。

国道368号線は少々薄気味悪く、道幅も狭いいわゆる酷道と呼ばれる峠なんだ。
で、ちょこっとバイクを停めて休憩をしていると・・・
なんかバイクの手前に看板があるね。
何気なく眺めてみると・・・

ここで死体遺棄事件がありましただと。
ちょっと気味の悪い峠だなとは感じていたけれど。
平成24年って結構前だけどまだ犯人つかまってないのかぁ。
何か情報があればいいのだが。

で、帰り道に寄ったのが名松線の伊勢奥津駅。

ラッキーなことにちょうど電車が来てたのでしばし撮影。
で、その後、無事に帰路につきましたとさ。
ってことで今日はこれまで。
ではでは。