暮らしの顛末(くまくまコアラ)

40代サラリーマン、Canon EOS7D markⅡを愛用して観光地巡りやら旅行、アウトドアで風景写真やらを撮っているミニマリストのブログ。

日本の労働力不足と働きたくない人と低価格で行き届いたサービスを求める人というジレンマに関して思う事、これから本当の働き方革命が始まる。

朝のTVのニュースで日本の労働力不足に対して安倍政権が外国人労働者の受け入れ方針について各局が報道し、コメンテーターの議論が白熱していた。

まぁ論点としては「少子化」「低賃金」「生産年齢人口」「非正規雇用」といった具合でそう目論見通りにはいかないのではという議論と根本解決が重要との議論が多い印象だった。

ともかく、建設、介護などの人手が足りないとの事なのだ。

 

低賃金だから人手が集まらないという議論に終始することに違和感を感じた。

人手不足な業界の大変は低賃金な業界が多いのなどか。
低賃金ゆえに日本人の労働者が集まらないから外国人労働者を受け入れるという仮説だけに終始する事には違和感がある。

誰もが賃金に不満はあるものの、賃金よりも不満を感じていることがあるのではないだろうか。

 

つらい仕事、過酷な現場、今日時間労働。

今の日本社会において賃金よりも、人にやさしい労働環境を求めているマインドの方が多いような気がする。

今の日本において賃金が良いから人が集まるとは一概に言えない。
ワークライフバランスの見直しや働き方革命と言っている世の中。

なぜ、議論が賃金ばかりに行くのだろうか。

今の風潮なら労働環境を見直す議論が出てもいいはずなのだが。

働き方の多様性と言われながら、未だに議論が賃金ありきという議論に終始することに違和感を感じた訳である。

 

だって副業で稼ぐのだから企業での労働はそれなりでお願いしたい。

そんな人も今後は増えていくのだろう。
政府も副業を容認する考えですし。

労働力不足は低賃金の性だという考えは古いのだと思います。

兎に角、責任はそこそこでいたい。
副業をする時間が欲しいので、労働時間と消耗する精神力や体力もそこそこの仕事でいい。

精力的に仕事をするつもりはない。
それなりに保証が受けれればよい。

 

今の日本においては、そのようなニーズの方が多いのではないだろうかと私は思うのです。

 

低価格で過剰なサービスを求めがち。

今の日本は価値観がマヒしているのだと思う。
お金を払っているのだからそれなりのサービスを受けて当たり前と考える人が多い。
本来ならば、それなりのサービスを受けるのなら、それなりの対価を支払わなければならない。

消費税の増税は反対、でも公共サービスは手厚くなんて不可能なのである。
心地の良いホスピタリティを得たいのならその分の価格を支払う価値があるはずだ。
お客が求める無償のサービス料は労働者の負担に直結するのだと思う。

電車が時刻通りに運行するには企業にそれなりの負担がかかる。
その負担が電車賃に反映される。

電車賃を安くしたいのなら、それなりの運行状況で我慢するしかない。
高い要望を求めるなら、高い料金を支払うのは当然。
だが、今の日本の状況を見てみると高い要望は当たり前、それでいて低価格。
これって相次ぐ日本企業の品質不正の原因ともなっているのではないだろうか。

 

これからの社会は個々で稼ぐ力が問われるのだと思う

生産年齢人口が少ないのは事実であり、労働者が少ないのは少子化という問題もある。
とはいけ単純に企業が支払う賃金を上げる事で労働者を確保し、少子化の問題が解決するとは思えない。
これからの時代は企業の業績にかかわらず、個々で稼ぐ力が重要なのだと思う。
労働者は企業の業績にかかわらず、社会的に必要な人材であるのかどうかで賃金交渉をするという時代なのだろう。

単純に労働者が不足しているという問題ではないと私は感じている。
これから本当の働き方革命が起こるのだと感じているのである。


ではでは。