暮らしの顛末(くまくまコアラ)

50代サラリーマン、趣味は1人旅、バイクツーリング、写真撮影、温泉、銭湯巡り。 古い町並みが好きで歴史を感じる関西の各所をブログで紹介しています Canon EOS RとRICOH GR IIIを愛用して観光地巡りやら旅行、アウトドアで風景写真やらを撮っているミニマリストのブログ。 愛車は1号機DAHONのRoute。2号機Kawasaki Versys-X250。3号機TOYOTA のプリウス

40歳は花をめでる。 50歳は木をめでる。 60歳は雲をめでる。 70歳は月をめでる。

昔のことでうろおぼえなんだけど・・・
40歳は花をめでる。
50歳は木をめでる。
60歳は雲をめでる。
70歳は月をめでる。

みたいな言葉を聞いて・・・

40歳は花なので、身近に手にすることが出来るものに趣を感じる。
50歳は木なので、手で触ることは出来るが人間の寿命をはるかに超えたものに趣を感じる。
60歳は雲なので、もはや手にすることも出来ない普遍的なものに趣を感じる。
70歳は月なので、とうとう地球から飛び出し、宇宙の世界へと関心が向かう。


なんかそんな解釈を自分なりにしてしまって、人って年を取るにつれて人の心の広さだとか、視野の広さとかが変わり、悟っていくものなのかぁ・・・
なんてことを思った。

この言葉、出どころは不明でネットで検索してもドンピシャリの結果を得られない。
ずいぶんと昔のことなのでどこでこの言葉を知ったのか記憶はほとんどないし、果たしてこのような言葉だったのかも定かでない。

テレビ番組の「なんでも鑑定団」やらで鑑定に訪れた人が口にした言葉だったような。
もしかすると自分で勝手に解釈して、そのような言葉を記憶の中で作り上げたのかもしれない。

ただなんかこの言葉がですね。
孔子の論語、
吾、十五にして学に志す。三十にして立つ。四十にして惑わず。五十にして天命を知る。六十にして耳順う。七十にして心の欲する所に従えども、のりをこえず。

っぽい悟りの世界への成長とも受け取れる一方、ただ単に、鮮やかな世界からモノトーンの世界へと人間が枯れていくさまのようでもあり、人生のわびさびのような奥深さを感じる。

どちらかというと後者の方が、日本人っぽい儚さがあって好きな解釈なのだが・・・
でもこの言葉の出どころが分からないんですよね。

どなたかこの言葉の断片となるようなヒントがあればコメントくださいな。

ってことで、今日もご近所散歩の写真です。

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GWはご近所を散歩ばかりしている。
3密を避けるとなると来る場所といえば空港ぐらいしかないんだな。

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しかも今日は飛行機がぜんぜん飛ばないので、ボケーっとするしかなく。
ただただ空港を眺める。
まぁ鳥のさえずりを聞きながら、のんびりと過ごすのもいいけどね。

 

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撮るものがないので、ちょっと自衛隊車両でも撮ってみたり・・・

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各テレビ局のヘリコプターを撮ってみたり。
この日格納庫からでていたのは関テレとABCテレビのヘリコプター。
この日は見れなかったけど他にもMBSやYTVのヘリコプターもある。
災害時や、コロナで観光地の人出の状況、GW中の高速道路の状況などで飛んでいるようだ。

なんか今日は撮れ高が少ないなぁ。

 ってことで今日はこのへんで。
ではでは。