暮らしの顛末(くまくまコアラ)

40代サラリーマン、Canon EOS RとRICOH GR IIIを愛用して観光地巡りやら旅行、アウトドアで風景写真やらを撮っているミニマリストのブログ。愛車は1号機DAHONのRoute。2号機Kawasaki Versys-X250。3号機TOYOTA のプリウス

子どもの頃におばあちゃんと一緒に通った思い出の商店街について、商店街というものの成り立ちを考察

子どもの頃、夏休みに田舎に帰る友達に憧れた。
野山を駆け回り、カブトムシを取ったり、川で魚を取ったり、流しそうめんをしたりと、夏休みの宿題の絵日記を発表を聞くと、ほんとうに田舎での暮らしが楽しそうでうらやましかった。

私の祖父母は自転車で行き来が出来るほどの距離。
私の夏休みの思い出はおばあちゃんと通った賑やかな商店街。

毎日夕方になると毎日商店街まで買い物に一緒に行く。
だって必ずおもちゃを買ってもらえるから。

火薬ピストル、ゴムでできた昆虫のおもちゃ、花火、昆虫採集キット、時には超合金。
商店街に2軒あったおもちゃ屋の面影は今でも覚えている。
そして一通り買い物を終えると、ひやしあめを飲むのが習慣だった。

商店街そんな商店街の大半は解体され、アーケードの骨組みがむき出しの状態。
こりゃ結構インパクトのある世界だなぁ。

商店街かろうじて、商店街の一部が残っていた。
だが、昔の面影を感じる場所は少なかった。

商店街

商店街

商店街おばあちゃんと通ったあのおもちゃ屋は、当然もうなかった。
っていうか大きな商店街の隅っこの一部しか残ってないから仕方がない。

いずれはすべてなくなるのだろう。
で、ちょっと気になったのが・・・
なんで沿線沿いでもなく、大きな国道沿いでもない場所の住宅街に商店街出来たのか。

その成り立ちにちょっと興味が湧いてきた。
なぜこの場所に商店街が出来たのか・・・
例えば宗祖親鸞聖人の命日にゆかりのお寺を法要する人の往来が多い道に露天商が軒を連ねた・・・

後にその露店通りが商店街となった。
なんてことを想像してみるのだが、法要と商店街の成り立ちってあながち間違ってないような気もする。

寺社仏閣へと続く商店街はいくつか思い当たる。
駅から東西南北、どちらの方向に商店街が伸びてもよさそうなのだが、寺社仏閣のある方向に伸びている商店街が多い。

商店街というものが、法要と関係があり、繁栄したのであれば。

法要で人が集まる。
法要に通う多くの人を相手に露天商が並ぶ。
やがてその場所に商店街が出来る。
法要の習慣がなくなる。
が、商店街は賑わう。
大型スーパーが出来る。
大型スーパーが賑わう。
商店街が廃れる。
なんでこんな場所に商店街が出来たんだったっけ?

ってなる。
で、今いろいろと話題になっているシャッター商店街をどのように盛り上げればいいのか?

法要に来る人を増やすということになるだろう。
結局、商店街を賑やかにするには深い信仰心を今一度奮い立たせるということに結論がいたる。

まぁ単なる私の妄想ですけどね。
シャッター商店街を盛り上げるにはその成り立ちにヒントがあるかも。
そんな話です。
ではでは。