暮らしの顛末(くまくまコアラ)

40代サラリーマン、Canon EOS RとRICOH GR IIIを愛用して観光地巡りやら旅行、アウトドアで風景写真やらを撮っているミニマリストのブログ。愛車は1号機DAHONのRoute。2号機Kawasaki Versys-X250。3号機TOYOTA のプリウス

真田幸村の屋敷がある和歌山県九度山町へ。真田ミュージアムとか、真田庵や幸村庵とか、慈尊院を巡る

 

道の駅柿の郷くどやま

道の駅柿の郷くどやま

梅雨に入りあいにくの天気の週末。
降ったり止んだりのお天気なので、今日は近場観光です。

大阪から1時間30分程度の場所。
和歌山県九度山町。

まずは道の駅柿の郷くどやまを目指す。

道の駅柿の郷くどやま

道の駅柿の郷くどやまさて、道の駅柿の郷くどやまに到着。
この道の駅には世界遺産情報センターという観光案内所がある。
ちなみに九度山といわれる由来は高野山の開祖である空海(弘法大師)の母が暮らしていたという慈尊院があり、空海は月に9度母に会いに来ていたことから九度山の地名が付いたと伝わる。

道の駅柿の郷くどやま

道の駅柿の郷くどやま

道の駅柿の郷くどやま

道の駅柿の郷くどやま道の駅内にある世界遺産情報センター。
けっこう充実している印象。
かなり観光に力を入れているみたい。

九度山町道の駅にバイクを停めて、九度山のまちなかを散策。
真田のみちエリアへ。
九度山町は真田幸村が暮らしていた場所として、真田ゆかりの地なのです。

真田ミュージアムへ。

九度山

九度山

九度山

九度山

九度山

九度山九度山のまちなみを散策しながら、真田ミュージアムへと向かう。

九度山町真田紐って何?
また「すみや」って石川県金沢市の会社がなんで、和歌山九度山町内の電信柱に広告をだしているのだろう・・・

真田ミュージアムさて、真田ミュージアムに到着。
先ほどの道の駅から歩くこと約10分程度。

真田ミュージアム

真田ミュージアムエントランスには真田幸村、真田昌幸、真田大助のマネキンがお出迎え。
入館料は500円。

真田ミュージアム

真田ミュージアム

真田ミュージアム

真田ミュージアム

真田ミュージアム

真田ミュージアムコンパクトにまとめられた映像が非常に分かりやすく。
真田幸村の九度山での生活ぶりやら、大阪冬の陣、夏の陣での活躍が短時間で理解できる内容でした。

真田ミュージアム

真田ミュージアムこちらは真田紐。
九度山での蟄居(ちっきょ)生活で困窮していた真田家。
この紐の編み方を九度山の人々に伝え、真田紐として売り出して家計を支えていたらしい。

真田紐自体は真田一族が作り始める以前からあったものですが、真田家が甲冑などに用い、九度山での蟄居(ちっきょ)生活を支えるために始めた製作と行商を通じて「真田の作った強い紐」という売り文句が広められたことから、真田紐との名がついたのだとか。

なるほど、先ほどの電柱の看板はこの真田紐の伝承者の看板だったのか。

真田ミュージアムこちらはNHKの大河ドラマ「真田丸」で実際に撮影に使用された衣装と壷。

真田いこい茶屋

真田紐まちなか散策中に真田いこい茶屋で売っていたお土産用の真田紐を購入。
なかなかいい感じのお土産ゲット。

真田幸村が住んでいた屋敷、真田庵へ。

真田庵

真田庵真田ミュージアムから歩いて1分。
真田幸村が過ごしたお屋敷跡、真田庵。

真田庵門には六文銭が。
瓦にも六文銭。

真田庵戦国の武将、真田昌幸・幸村父子は慶長5年(1600年)関ヶ原の戦いで西軍に味方して敗れ、高野山に配流の身となったが、後、九度山のこの地で閉居生活をした。
昌幸は慶長16年(1611年)再起を願いながらこの地で65歳の生涯をとじた。
幸村は、慶長19年(1614年)子、大助ら一族と共に、九度山のこの地を出て立ち大阪城に入城、大阪冬の陣、夏の陣で奮戦、元和元年(1615年)茶臼山付近で壮烈な最後をとげた。

とのこと。
今は善名称院、真田庵とも呼ばれ、真田幸村父子の屋敷跡に建てられたお寺です。

真田庵

真田庵

真田庵

真田庵

真田庵

真田庵

真田庵ほほう。
これが真田のお屋敷跡かぁ。

真田庵

真田庵真田幸村が閉居中、真田屋敷に落ちた雷をとりおさえて井戸に封じ里人の難を救ったという井戸なのだとか。

幸村庵にてお蕎麦をいただく。

幸村庵

幸村庵さて、時刻は13時。
そろそろお腹も減ったので食事でも。
ってことで、真田庵のとなりにある、そば処幸村庵へ。

幸村庵落ち着いた雰囲気の店内。
お昼時を過ぎたからかお客様がはけたみたい。

幸村庵いやいやこの雰囲気落ち着くわぁ。

幸村庵いただいたのはざるそばと天ぷら盛り。

幸村庵

幸村庵天ぷら8品にざるそばで1200円。
って安くない?
有名観光地だと1500円以上はしそうだけど。

米金の金時

米金の金時ちょっとインパクトのある風貌のこの人形。

米金の金時

米金の金時こりゃいったいなんだ?

米金の金時今も町の人々から親しまれているこの「米金の金時」は南紀莊平氏の作で彼が、大正のはじめごろ、東山に窯をきずいて焼きあげたものです。高さ2mあまり、こんな大きな陶像は、全国的にも珍しいものなのだとか。

世界遺産慈尊院へ。

慈尊院

慈尊院

慈尊院

慈尊院

さて、先ほどの道の駅「柿の郷くどやま」より600mほどの場所にある世界遺産慈尊院へ。

この慈尊院は弘法大師が、高野山開創にあたり、高野山参詣の要所に当たるこの地に、表玄関として伽藍を創建し、高野山一山の庶務を司る政所を置いた場所。
また、弘法大師のお母さんゆかりの場所であり、弘法大師のお母さんは、我が子を訪ねて来たものの、当時、高野山は女人禁制であったため、この慈尊院で暮らしたそうな。

九度山との名の由来は弘法大師が月に9度、母を訪ねて高野山からこの地を訪ねていたという話から九度山といわれるようになったらしい。

慈尊院

慈尊院女人の高野参りはこの慈尊院まで。
この先は女人禁制であったので女人高野といわれ、子宝、安産、育児、授乳等を願って乳房型絵馬を奉納する女性のための民間信仰。

慈尊院

慈尊院

慈尊院

慈尊院で、慈尊院の奥にあるのが世界遺産、丹生官省符神社。
高野山町石道登山口の出発地点。

丹生官省符神社

丹生官省符神社

丹生官省符神社

丹生官省符神社 119段ある石階段を登る。

丹生官省符神社

丹生官省符神社

丹生官省符神社

丹生官省符神社 階段を登ってこちらが丹生官省符神社。

丹生官省符神社

丹生官省符神社

丹生官省符神社

丹生官省符神社ってことで今回はあいにくの天気の中での和歌山県九度山訪問でした。
ではでは。