さてさて、今日は奈良県をちょことバイクツーリング。
天気はイマイチですな。
週末になる度に天気が崩れるのはどうにかならないものか。
で、やって来たのは奈良県の室宮山古墳がある室八幡神社。
ここには古代の伝説の忠臣である武内宿禰(たけのうちのすくね)が埋葬されているという伝説がある。
まずは参拝。
古い集落の中にポツンとある室八幡神社。
私が訪れた日の参拝者はバイクのおじさんが一人だけであった。
神武天皇もこの地を訪れたらしい。
連なる白い壁と瓦屋根が趣がある町並み。
周囲には巨勢山古墳群などがある奈良県御所市の古い集落である。
第六代、考安天王(日本足彦国押人尊・やまとたらしひこくにおしひとのみこと)の室秋津宮跡は本社の辺りとされる。
背後には宮山古墳があって、南葛城地方最大の規模を有するものとして著名である。武内宿禰(たけのうちのすくね)のとも言われるが確証はない。
で、武内宿禰(たけのうちのすくね)って誰よ?
ってこの明治に発行された1円札の人物が武内宿禰(たけのうちのすくね)なんだ。
5世代の天皇に仕えたと言われる忠臣で、古代の中央有力豪族である紀氏・巨勢氏・平群氏・葛城氏・蘇我氏などがこぞって武内宿禰(たけのうちのすくね)は我が祖であるという。
あまりにも豪族たちがこぞって武内宿禰(たけのうちのすくね)は我が祖であると言ったために、おまえもか?またもやおまえもか?そしておまえまで?みたいなことになり、言ったもん勝ち状態であった。
そんな武内宿禰(たけのうちのすくね)は330歳まで生きたという伝説がある。
で、その武内宿禰(たけのうちのすくね)が埋葬されていたという室宮山古墳が八幡神社の裏山なんだな。
で、この鳥居のから裏山に登る。
少し登るだけで古墳の上へと到着。
きれいに管理がされているようだ。
ここには当時の石棺がそのまま納められた状態で残っている極めて貴重な全国でも唯一と言われる場所である。
この穴の中にちらっと見えているのが石棺。
これが当時のままの石棺。
4世紀頃のものであろうか。
石室のまわりにはこのような靭形埴輪(ゆぎがたはにわ)や楯、甲冑、家の埴輪が取り囲み、埴輪列の状況がこれほど見事に分かった古墳は稀だそうだ。
この靭形埴輪(ゆぎがたはにわ)の現物は現在、奈良県立橋原考古学研究所付属博物館にて展示されている。
また、その他の埴輪もきれいな状態で展示されており、これほど立派な埴輪が埋葬されているということは、墓に埋葬されている人はさぞ立派なお方であったのだろう。
まさに武内宿禰(たけのうちのすくね)であったのかもしれない。
いやいや古代ロマンが満ち満ちてますな~。
ってことで今日はこれまで。
ではでは。