
さてさて、今日は三重県津市にある閉鎖された旧トンネル、旧長野隧道を見るためのバイクツーリング。
で、まず休憩のためにやって来たのは道の駅お茶の京都「みなみやましろ村」
最近の抹茶ブームのせいか、南山城エリアを訪れる人が増えた印象。
和束町の茶畑なんて外国人の観光客がツアーバスで訪れるとかいうじゃないか。
これまで煎茶を作っていた茶農家も抹茶に切り替えてるんですって。
私は煎茶派ですけどね~。
なんとも不可解なトンネルの閉じ方の旧長野隧道へ


さて、お茶の話はさておき、道の駅のバイク事情はというと、思ったより少ない。
お盆休みだからかなぁ。
みんな家族で休日を過ごしてるのだろうと思う。
しかしながら私はぼっちツーリングとはこれいかに。



京都から三重県に入ると茶畑の景色から広い田んぼの景色へと変わる。
茶畑の景色も美しいが、どこまでも広がる田園の景色も日本の夏の風物詩としてついつい時間を忘れて眺めてしまう。

「実るほど頭を垂れる稲穂かな」
50歳を過ぎると時が経つのも早いもので、つい先日、田植えが終わったかと思えば、もう稲穂が実っている。
夏が過ぎゆくのもあっという間。



さて、林業関係者以外はほとんど通らないであろう峠道へとやって来た。
三重県道42号線、伊賀越峠と呼ばれる道らしい。

三重県道42号線から脇道へと入る。
この先行き止まりなので、当然通行している車両はなく、道が自然に帰ろうとしている。

さて、その行き止まりにあるのが、昭和14年竣工、全長300mの旧長野隧道。
そのトンネルの入り口は厳重に封鎖されている。
そしてこのトンネルも自然に飲み込まれようとしている。
九州の心霊スポットで有名な旧犬鳴トンネルでさけ、これほど厳重な封鎖はされていないというのに。



なにゆえ、これほどまで厳重にトンネルを封鎖したのか・・・
いろいろと想像をしてしまう。
ちなみに津市側にある旧旧長野隧道、明治18年竣工、全長218mはこれほど厳重に封鎖はされていない。
立ち入り禁止の金網があり、トンネル内部を覗くことも出来し、管理のため人が出入りできる鍵もある。
だが、こちらの昭和14年竣工の旧長野隧道の閉鎖の仕方はどうだろう。
絶対に中を見せないという意思も感じられるし、今後、調査、管理の目的でも行政が入る事はないという感じだ。
人が出入りできる鍵もなく完全にシャットアウト。
このトンネルの閉じ方は、心霊スポットとして、興味本位で外から人が入らないようにというよりも、まるでトンネル内部の者を外に出さないという印象を受ける。
実はこのバリケードの裏側には無数のお札が貼ってあるのか?
そんなことを想像してしまうほど、厳重に封鎖されている。
また、Googlemapでは津市側からのトンネル入り口しかピンがたっておらず、
完全に封鎖されたトンネル入り口にはピンがない。
これは都市伝説として、尾ひれがついてもおかしくない。
気分を変えて爽快に風力発電の巨大なプロペラで有名な青山高原を駆け抜ける


さてさて、先ほどの旧長野隧道で気持ちがオカルトモードになった分、爽快に穢れを晴らそうとバイクで走る事、約30分。
風力発電のプロペラの景観で有名な青山高原へとやって来た。



天気はイマイチで視界不良だ。
曇り空のため、ガスっている印象。
しかしながら下界よりも気温は低く27℃ほどかな。
無風により風車は止まっている状態。

駐車場から展望良い場所へと歩いていくと。

伊勢湾方面は霞が濃く夏らしい晴れた青空は見れなかった。



時より雲間から陽ざしがさすものの、終始どんよりとした雲が覆うという天候。
なぜ、3連休に限って雨?
これまで晴天続きで雨不足と言われていたのに。
近鉄、青山町駅から初瀬街道「阿保宿」へ

さて、青山高原を下って来て、近鉄青山町駅。
大阪に住んでいて、近鉄沿線で、青山町駅に来た人は少ないだろう。
上本町発、近鉄大阪線の終着駅と言えば、高安行、河内国分行、大和朝倉行、名張行、たまに青山町行という感じだ。
鶴橋駅から電車に乗る人~。
青山町行って何処よ~って思っている人~。
これが青山町駅だよ~。

で、こちらが青山町駅前のロータリー。
もちろん駅前にコンビニはないです。
駅前にコンビニや自販機があって当たり前と思っているのは都会人だけですからね。

そしてこちらが近鉄青山町駅の改札口。
一日の利用者数は1,124人。
ちなみに近鉄大阪線で一番利用者数が多いのが鶴橋駅。
一日の利用者数138,633人。
逆に近鉄大阪線で一番利用者数が少ない駅は何処かと気になりますよね。
それはなんでこんな場所に駅を作ったのかと・・・
青山町駅から2駅東側の駅。
青山高原の麓の秘境駅、「西青山駅」
その利用者数、1日6人。
これはこれで、行ってみたくなる駅ではある。


さて、近鉄青山町駅からバイクで約2分の場所。
初瀬街道の阿保宿にて、雰囲気の良い場所で記念撮影。


初瀬街道とは三重県松坂市から奈良県桜井市の長谷寺まで結ぶ街道。
今ではそれほど古い町並みが残るわけではないが、場所、場所によっては味わいのある街道ならではの景色に出くわすことがある。

初瀬街道阿保宿は、伊賀八宿と呼ばれた宿場町の一つで、大和国(奈良県)と伊勢とを結ぶ街道の宿場として、江戸時代には多くの参宮客でにぎわいました。
宿場の西側にある常夜灯と東側に位置する阿保橋の間には、大名などの宿泊施設である本陣や荷物の中継施設である問屋が置かれました。
宿屋の特徴である間口が狭く奥行きの長い町割りは、今も随所に見ることができます。また、町の一角にある「たわらや」には参宮講(伊勢参宮のために結ばれた団体)の宿泊所であることを示す78枚の講看板が残されています。阿保宿が大阪や京都など西日本各地からの参宮客でにぎわっていた様子をしのぶことができます。
平たく言うと、江戸時代に伊勢講という組織があったんだ。
江戸時代の伊勢参拝ブームで、地域で寄り合って、お伊勢参りの積み立て貯金を集めた。
集まった積み立て貯金を旅費として、地域で選ばれた人たちが地域代表としてお伊勢さんを参拝するという仕組み。
地域ごとに宿泊する常連宿が決まっていて、各宿の表玄関には地域名を掲げたご一行様の看板があがったそうだ。
各地域の代表者はどの宿が常連宿なのか分からないので、宿屋は伊勢講の世話係として、今風でいうと、車のナンバーのように、なにわ講、和泉講、大阪講、という看板を宿に掲げていた。
青蓮寺湖から針インターまで




さてさて、帰りは三重県名張市の青蓮寺湖から奈良経由で大阪へと帰路に向かう。

帰りは室生の食事処「室生路」で食事。
お店の前を何度も通ているが、立ち寄るのは初めて。



エビフライ定食を注文したが。
エビの頭から尾っぽまでパン粉で覆われているとは。
エビフライ感がもったいないような気がした。
まぁ旨かったからいいのだけど。


で、帰りは関西屈指のバイクの聖地、針インターで休憩。
バイクの数はこれでもかなり少ない方なんだよね。
やはりお盆休みだからかなぁ。
ってことで今日はこれまで。
ではでは。



