暮らしの顛末(くまくまコアラ)

50代サラリーマン、趣味は1人旅、バイクツーリング、写真撮影、温泉、銭湯巡り。 古い町並みが好きで歴史を感じる関西の各所をブログで紹介しています Canon EOS RとRICOH GR IIIを愛用して観光地巡りやら旅行、アウトドアで風景写真やらを撮っているミニマリストのブログ。 愛車は1号機DAHONのRoute。2号機Kawasaki Versys-X250。3号機TOYOTA のプリウス

昭和レトロな銭湯巡り。奈良大和高田市の高砂湯の渋さったら。

さてさて、今日やって来たのは奈良県のJR高田駅。
なんとも閑散とした駅前。
もちろん駅前にコンビニなどはない。
ちなみに1日の平均乗降人員は4,136人。

 

JR高田駅から歩いて5分の場所には近鉄大和高田駅があるが。
こちらはJRと違って駅前にはショッピングセンターや飲食店が多い。
ちなみに1日の平均乗降人員が13,770人。

奈良が近鉄王国なのである。

それはさておき。
大和高田に来た目的だが。
それは定期的にブログに挙げている昭和レトロな渋~い銭湯巡り。

JR高田駅付近には現役の3つの銭湯がある。
その一つ、高砂湯へと向かう。

 

高砂湯

こちらが昭和レトロな銭湯「高砂湯」
昭和の住宅風の外観。
営業時間30分前に来てみた。
営業時間は16時15分から21時まで。

 

高砂湯

「本日たきます」
とシンプルなアナウンス。
以前に来たときは定休日だったので。
一安心。

銭湯が開くまで、しばし高田駅周辺を散策。
この辺りは寺内町として栄えた場所で古い建物も多いのだ。

 

駅前の商店街に賑わいはなく、シャッター通りとなっている。
近鉄駅前に商業エリアが移ったからだ。

こちらがかつて賑わったメイン通り。
本町通りという。

 

専立寺を中心に寺内町が栄えた。
また、奈良の繰綿(くりわた)の集散地として江戸時代中期以後大いに栄え、その取引は大和の綿業の中核であった。

 

かつては銀行であったであろう建物が多く目立つ。
商いの町として賑わったに違いない面影が残る町並み。

 

さて、町並み散策している時間に高砂湯の営業時間が来た。
ちゃんと暖簾がかけてある。

 

番台用の窓が残っているのがいい。

 

下駄箱も昭和のまんま。
傘入れも現役で残っている。

 

湯船は非常にシンプル。
昭和の面影を今でも残す銭湯。
湯船の位置って関西、関東など地域によって違いがあるのがいい。
関西では男風呂、女風呂を隔てる壁沿いに作られている場合多い。

ひるがえって関東では富士山などのペンキ絵が描かれているため、入り口から入って一番奥の壁沿いに湯船がある。

また、それ以外の地域では湯船が中央にあったりする。

かつて、テレビもラジオもない時代。
銭湯は広告宣伝にうってつけの場所だった。

カランの前のガラス、桶、脱衣所スペースなど、人が集まる場所として広告するなら銭湯であった。

広告代理店は銭湯の広告を取り仕切り、銭湯のペンキ絵、富士山などの絵師も広告代理店の社員だったそうだ。

そんな昔懐かしい銭湯のペンキ絵だが、現在でも3人の職人がいるらしい。

ちなみにペンキ絵同様に昭和の銭湯と言えば三助さん。
調べてみると、東京荒川区の斉藤湯に日本最後の三助さん、ながしがいるらしい。

私が二十歳そこそこの頃。
とある銭湯で初めて三助さんに体を流してもらった。
はるか年上の三助さんに体を流してもらった時。
すごく複雑な心境になったことを思いだす。

今では考えられない事なのだろう。

ちなみに奈良大和高田にはもう1件渋い銭湯が残っている。
そちらは過去に記事にしているので、そちらを参考に。

www.smilejapan.jp

 

で、帰りにまたJRに乗って帰るんだけど。
車内で撮影した車窓の景色がなんかアニメっぽく見えた。
夏もそろそろ終わりだなぁ。
ってことで今日はこれまで。
ではでは。