
さてさて、今日やって来たのは奈良県のJR高田駅。
なんとも閑散とした駅前。
もちろん駅前にコンビニなどはない。
ちなみに1日の平均乗降人員は4,136人。

JR高田駅から歩いて5分の場所には近鉄大和高田駅があるが。
こちらはJRと違って駅前にはショッピングセンターや飲食店が多い。
ちなみに1日の平均乗降人員が13,770人。
奈良が近鉄王国なのである。
それはさておき。
大和高田に来た目的だが。
それは定期的にブログに挙げている昭和レトロな渋~い銭湯巡り。
JR高田駅付近には現役の3つの銭湯がある。
その一つ、高砂湯へと向かう。

こちらが昭和レトロな銭湯「高砂湯」
昭和の住宅風の外観。
営業時間30分前に来てみた。
営業時間は16時15分から21時まで。

「本日たきます」
とシンプルなアナウンス。
以前に来たときは定休日だったので。
一安心。

銭湯が開くまで、しばし高田駅周辺を散策。
この辺りは寺内町として栄えた場所で古い建物も多いのだ。


駅前の商店街に賑わいはなく、シャッター通りとなっている。
近鉄駅前に商業エリアが移ったからだ。

こちらがかつて賑わったメイン通り。
本町通りという。






専立寺を中心に寺内町が栄えた。
また、奈良の繰綿(くりわた)の集散地として江戸時代中期以後大いに栄え、その取引は大和の綿業の中核であった。



かつては銀行であったであろう建物が多く目立つ。
商いの町として賑わったに違いない面影が残る町並み。








さて、町並み散策している時間に高砂湯の営業時間が来た。
ちゃんと暖簾がかけてある。

番台用の窓が残っているのがいい。


下駄箱も昭和のまんま。
傘入れも現役で残っている。



湯船は非常にシンプル。
昭和の面影を今でも残す銭湯。
湯船の位置って関西、関東など地域によって違いがあるのがいい。
関西では男風呂、女風呂を隔てる壁沿いに作られている場合多い。
ひるがえって関東では富士山などのペンキ絵が描かれているため、入り口から入って一番奥の壁沿いに湯船がある。
また、それ以外の地域では湯船が中央にあったりする。
かつて、テレビもラジオもない時代。
銭湯は広告宣伝にうってつけの場所だった。
カランの前のガラス、桶、脱衣所スペースなど、人が集まる場所として広告するなら銭湯であった。
広告代理店は銭湯の広告を取り仕切り、銭湯のペンキ絵、富士山などの絵師も広告代理店の社員だったそうだ。
そんな昔懐かしい銭湯のペンキ絵だが、現在でも3人の職人がいるらしい。
ちなみにペンキ絵同様に昭和の銭湯と言えば三助さん。
調べてみると、東京荒川区の斉藤湯に日本最後の三助さん、ながしがいるらしい。
私が二十歳そこそこの頃。
とある銭湯で初めて三助さんに体を流してもらった。
はるか年上の三助さんに体を流してもらった時。
すごく複雑な心境になったことを思いだす。
今では考えられない事なのだろう。
ちなみに奈良大和高田にはもう1件渋い銭湯が残っている。
そちらは過去に記事にしているので、そちらを参考に。

で、帰りにまたJRに乗って帰るんだけど。
車内で撮影した車窓の景色がなんかアニメっぽく見えた。
夏もそろそろ終わりだなぁ。
ってことで今日はこれまで。
ではでは。
