暮らしの顛末(くまくまコアラ)

40代サラリーマン、4人家族と2匹の犬の日々の暮らしの顛末をお届けします。 趣味はカメラ撮影、観光、旅行、アウトドア、キャンプ、登山、アフェリエイトなどなど田舎暮らしに憧れつつも都心でミニマリスト的な暮らしをしている。 最近はシェア畑を借りて畑仕事もしつつ、ウィークデーはIT関連の仕事をしている者です。 よろしければ読者登録、ぜひぜひよろしく! ↓

裁量労働制を実現するにはどうすれば良いのか。

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まずは仕事のコミットの仕方を変える必要がある

 
裁量労働制になると時間管理ではなく目標を達成したかどうかが重要になる。
とかく残業がどうのって話に論点がいっているが、裁量労働の根本は自由な時間に仕事をするということ。
そうなるとコミットする条件が明確で無いと行けない。
 
例えば3ヶ月以内に生産スピードを7%向上させるプランを作成すること。
それが私に課せられたミッションだとする。
生産スピードの%の計算式は決まっていて、その計算によって7%の向上の実現性が証明されればミッション達成。
 
生産スピードを7%向上させるために発生するリスクや犠牲がある場合はそれも報告をすること。
プラン作成に使える社内経費は3ヶ月間で120万円まで。
以上。
 
私は3ヶ月後に説得力があり実現可能なプランをまとめて役員達が納得するレポートが作れれば、いつどこで仕事をしようが自由だ。
私はこれまでの公私のネットワークを活用して課題解決に努めるだろう。
 
平日は家庭の事情で休むかも知れないし、その分休日に人に合ったりするのだろう。
上手く2ヶ月間で課題可決の問題点が見つかれば残りの期間で長期休暇をするかもしれない。
 
そのように仕事の裁量を与えることが裁量労働制なのだと思う。
しかしながら3ヶ月後、私が提出するレポートに役員が納得しなければ私は首だと言う事。
 
これが裁量労働制だと思う
 

 社会人になっても下積みという文化

 
社会に出てもひよっこ扱いされるのはどうなのか。
これは日本の学校文化にも改革が必要なのだと思う。
大学など学校で学ぶ専門性が社会が必要としている人材と乖離していのでは・・・
世界に比べてマイスター制度や職業資格などの厳密な職人技術レベルの教育が遅れているのだと思う。
 
下積みは学生時代に終了しておけば裁量による労働も公平性があるのだと思う。
社会に出て下積み5年とか言われると裁量とは何なのかと思い知らせる。
結果が評価の対象じゃなかったのか。
 
 
 
 

裁量労働制が注目されるのは日本の労働生産性の低さから

 
とかくに日本の労働生産性がGDPの割には先進国の中で極端に低いというレポートを目にすることが多い。
終身雇用文化が原因だとか、労働者解雇基準が厳しいのが原因という解釈も理解は出来るけど・・・
 
そもそも裁量が与えられていないという原因もないだろうか。
厳密な管理体勢の元で仕事している日本人。
 
細かな改変でも許可が必要になる書類申請とか、使える予算がほとんどないとか、これで裁量が与えられているといえるのだろうか。
裁量を与えてこその裁量労働制。
 
働く時間の事ばかり持論になっている日本はやはり国際社会と少々論点がずれている感が否めない。
それは日本がこれまで労働者に裁量を与えない労働環境だからだったことが問題なのだと思う。
 
 
 

とは言え急に予算と裁量を与えられても困る。

 
これまで学校教育で与えられた予算で目標を達成する教育って限られた人しか経験してないのだと思う。
自由な発想で与えられ予算と企業の資源、技術力、認知力を使って利益を上げてください。なんて言われても思う人が大半。
それこそが裁量労働制の問題の根源。
裁量を活かす教育がないと裁量労働制は片手落ちになる。
 
ようするに日本企業が労働者にどれだけ裁量権限を与えられるか、また労働者はその裁量責任に応えられるのかがネックなのだと思う。
これって日本文化にはあまり根付いていない文化なので先進国の中で労働生産性が低いのかもしれない。