写真は4月頃の地元の山で撮影したもの。
4月頃の山は新緑が芽吹き、山全体が明るく色鮮やかになるシーズン。
この頃の春の山を「山笑う」という。
ちなみに夏は「山滴る(したたる)」
秋は「山粧う(よそおう)」
冬は「山眠る」
それぞれ俳句の季語にもなっている。
この言葉の出どころは中国の画家の言葉
「春山淡冶にして笑うが如く、夏山蒼翠にして滴るが如く、秋山明浄にして粧うが如く、冬山惨淡として眠るが如く」
だとされている。
滴る、粧う、眠るという表現はなんとなく一般的な印象なんだけれど。
山が笑うという表現はなかなか面白いなぁと。
そして山が笑うと野山に出かけたるものですが、野山に出かける理由は人さまざまで、私のように単純に緑の景観を眺めながら、美味しい新鮮な空気を求めてハイキングというのが一般的であろう。
ただ、私はハイキングには似つかわしくないフルサイズの一眼レフを引っ提げて野山に入る。時には一眼レフの2台持ちってときも・・・
で、野山に入ると私のように大きなカメラを持っている人と遭遇することがある。
生き物屋さんといわれる人達だ。
たいていは野鳥狙いの生き物屋さんなのだが、世の中にはいろいろな生き物屋さんがいて、虫が好きな虫屋さん、その中でも蝶好きは蝶屋さん、まぁこのあたりまではみなかわいらしいとも思えるわけだが、蛾好きの蛾屋さんや蜂好きの蜂屋さん、蜘蛛好きの蜘蛛屋さんなんて方もいる。
またカミキリ虫好きのことを天牛屋というらしい。
野山に入る人の目的はそれぞれ千差万別なんだな。
で、そんな生き物屋が野山で遭遇した怖くて不思議なできごとを集めた本がこの
「里山奇談 よみがえる土地の記憶」
coco(著), 日高トモキチ(著), 玉川数(著)
この里山奇談は全部で3シリーズあるそうで、私はこの1冊しか読んでいないのだが、なかなか面白く。
山の怪談といえば、田中 康弘 (著)の「山怪」が有名ですが、趣味で野山に入るという共通点からか、「里山奇談」のほうが身近なエピソードしてすらすら読めた。
で、なぜ、山笑うという話から、「里山奇談」の話になったのかというと・・・
この本の中にも「山わらう」というエピソードがあったから。
で、こちらの「山わらう」は春の季語の「山笑う」とは正反対で少々怖い意味なのである。
突然、山が騒つく感覚に襲われ、誰もいないのに山の中から多くの人の視線を感じる感覚。意思を持ってこちらを見ているようで、何も聞こえないだけどたくさんの人から悪口を言われているような邪悪な空気感になることがあるらしい。
そういう感覚に陥った時のこと「山わらう」というらしい。
山の中でそういう「騒」という感覚になった時、持っている刃物を上に向けて身に付けるといいらしいとのこと。
そうするとしばらくで山の「騒」が晴れるのだそう。
「山わらう」と山に取り込まれる感覚になるので、刃物で気を断ち切るのだとか。
野山の散策は気持ちのいいものですが、時より、山に拒まれている感覚を感じることもある。
そういう時は「山わらう」なのでしょうね。
普通の人は普段、野山を歩くときは刃物なんて持ち歩かないですよね。
これからはちょっと「山わらう」を気にして、野山に出かける際はOPINELの小型ナイフでも持って山にはいろうかな。
そんなことを思う今日このごろです。
ではでは。