さてさて、いよいよ梅雨らしい天気が続きそうだという天気予報。
今日は午後から雨の予報。
そして一週間先まで雨らしい。
長雨で巣篭る前の最後の悪あがき。
国道168号線から大峰高野街道すずかけの道を通って国道309号に抜けて帰路に向かう。
半日日帰りのドライブコース。
昼から雨というこのなので今日はバイクではなく車で。
たまにはプリウスも山へ連れてってあげないと。
すずかけの道
県道53号線。
すずかけの道といわれる街道で、弘法大師空海が修験山である大峰山と高野山を修行のために行き来していたという街道。
この街道の名は、この街道をにぎわわせていた修験者たちの持つ錫杖(しゃくじょう)の頭部の輪の音と、修験者の装束である篠懸(すずかけ)からきていると言われているそうな。
江戸時代から昭和戦後頃までにぎわった街道で旅館跡などの建物が残っていたり、往来をする人々を相手に商売をしていたであろう集落が残っている。
今日は国道168号線から天ノ川沿いに天川村まで抜けるコース。
梅雨シーズンだからか、小さな滝があちらこちらに。
川を見下ろすと大きな魚影が3つ4つと。
この顔をブラックバスだな。
こんなきれいな渓流にもいやがるんだな。
ほんと、いつみてもきれいな渓谷だこと。
国道168号線から天川村までの天ノ川は渓流釣りの好スポットとして釣りに通う人も多く、道路沿いには遊漁券を取り扱うお店も多い。
これぐらいの距離なら通いやすいしね。
私もテンカラ釣りでも始めてみようかと訪れる度に思っているのだが・・・
思っているだけで未だ道具を揃えられないでいる。
弘法大師伝承不動滝
次に見えてきたのは弘法大師伝承不動滝。
落差約40mの滝で、東側から天ノ川に合流してくる小さな支流が、最後で一気に流れ落ちる滝。季節ごとで水量が大きく変わるので滝の姿も大きく変わる。
この谷の上部には仏像形の自然石があり、古来その形から土地の人々に「お不動さん」と親しまれ、弘法大師空海が彫ったものと伝えられており、滝の名はそれに因んだものだとこと。
ではその滝とやらを・・・
なんとも白糸のような滝の姿。
高低差40mはなかなかの迫力だわ。
水量が多いとはもっと迫力があるのだろうけど。
このあたりはキャンプ場が多く、夏には水遊びに訪れる家族連れも多い。
だからであろうか、吊り橋から川へ飛び込む人もたまにいるらしく。
飛び込み禁止の看板が。
川までの高さ10mほどなのかな。
橋の下の川は水深は2m~3mほどだろうか。
日によって川の水量は変わるのだろうけど。
無茶しちゃいかんわな。
さて、ここでも大きな魚影を複数発見。
どうやらこのあたりの大きな魚影はコイっぽいな。
廃校の校舎が保存されているさんかわ天和の里
校舎の裏にそそり立つ山の迫りくる感がすごい。
ここはてんかわ天和の里。
明治時代の義務教育がない時代からあった学校、和田小学校。
当時、この和田地区には天和鉱山があり、約3000人の人々が暮らしていたそうで、大阪会議で有名な五代友厚がこの学校の金銭的な支援をしていたらしい。
現在残っている校舎は1943 年(昭和18 年)に建てられもので、当時の地域の人が土地を無償提供し、労働奉仕をしたそうな。
昭和18年って第二次世界大戦の真っただ中で、山本五十六が戦死し、日本の戦況が悪化してきた年。
そんな時にほぼボランティアで学校を建設するとは・・・
いやいや頭が下がる。
里の未来を思う気持ちは尋常じゃなかったのだろうな。
そんな里に住まう人の気持ちのこもった小学校校舎だからなのだろうけど。
2002 年(平成14 年)の廃校の後、有志によって校舎を残し、2016 年(平成28 年)「てんかわ天和の里」として都市住民との交流拠点として活用されています。
いや~、なんかええ話やなぁ。
ガラスに映る緑が美しい。
本当にいい学び舎だこと。
学校といえば人体模型像。
こりゃまた結構古そうな人体模型像だこと。
廃校の校舎は時間貸しをしているそうで、BBQなんかも出来るみたい。
ご興味ある人はレンタル料など下記サイトで。
さて、帰りはまいどのごとく、道の駅 吉野路黒滝で串こんにゃくをば。
で、道の駅 吉野路黒滝にて移動ATMなるものを発見。
へぇ~こんなのあるんだなぁ。
考えてみれば山奥の集落って銀行ないもんね。
年金をおろすためにわざわざ山を下りないといけないってのも不便だろうし。
だから郵貯比率が高いのだろうけど。
営業時間が13:00~14:30までってことは、様々な集落を時間単位で回っているのだろうな。
こりゃ勉強になったわ。
ってことで今日はこのへんで帰路に向かいます。
ではでは。