暮らしの顛末(くまくまコアラ)

40代サラリーマン、Canon EOS RとRICOH GR IIIを愛用して観光地巡りやら旅行、アウトドアで風景写真やらを撮っているミニマリストのブログ。愛車は1号機DAHONのRoute。2号機Kawasaki Versys-X250。3号機TOYOTA のプリウス

文字が書けなくても生きていける時代。文字を書くのって月に1回あるかないか。

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ここ10年のデジタル化で文字を書く機会がめっぽう減りましたわ。
郵便物はプリンターで出力するし、クレジットカードはサインを求められることもなくなった。
あのサインって意味あったのだろうか。
契約書はほとんどがタブレット内で作成されるし。
最後にタッチペンで氏名を記入するぐらい。

字を書く機会なんて、レストランが満席の時にお名前と人数を記入する時ぐらいかな。
大手回転ずし店や焼き肉屋ではそれすらもなく、人数、テーブルorカウンターを選ぶだけ。

極端かもしれないが、あまりにも文字を書く機会がすくなくなっているので文字が書けなくなってきている。
というか明らかに学生時代よりも文字が汚くなっており、文字を書く際になんでこんなに緊張感を感じるようになったのか。

というのもコロナ禍で、観光地では入館の際に氏名、住所、電話番号などの記入が必要となった。

久しぶりにフルで住所を書くと字が汚い事汚い事。
字って書く習慣がなくなったら書けなくなるもんなんだな。

ここまで文字を書く習慣がなくなったのは私が極端なんだろうけど・・・
デジタル化とともにそのうち、あらゆる職業でも字を書く機会は減少する。

多分、学校を卒業し、社会人になったとたん、字を書くことがなくなった。
まぁそのような社会になるんだろうな。

すると日本人が文字を書くスキルって生活上の必須スキルじゃなくなるじゃない。
文字を書く行為ってお作法をたしなむぐらいのレアな文化になるんじゃないだろうか。

コロナ禍でオンライン授業が普及し、タブレット教育が一般化していけばなおさら。
書き順って何よ?

そもそも書き順って学ぶ必要あるのか。
なんて事になるはず。

そりゃそうだ生活上、文字を書くことがないんだもん。

その昔、市役所や法務局の近くには必ず代筆屋という商いがあった。
文字が書けない人の代わりに行政書類、履歴書などの記入代行をしてくれる商売。

なんだか1周回って、文字が書けないのではなく、書く必要がなくなったという未来がくるとは。

そんな現代の暮らしの中で、選挙となると、鉛筆で政党と候補者の氏名を正確に手書きをしなければならない。

このためだけに学校で文字を書く学習をしているという滑稽さ。

デジタル庁とかそんなのじゃないんですよ。
もう文字を書く必要がない世の中なんです。

なんてことを思う今日この頃です。
ではでは。