
さてさて、今日は奈良県の當麻寺まで。
台風が茨城県に上陸直前ということで、ここ関西では風で空気が入れ替わったのか、空のヌケ感が一段と鮮明になった今日。

ここ二上山の麓にある當麻寺までやってきた。
當麻寺といえば藤原不比等の孫である藤原豊成(ふじわらのとよなり)の娘、中将姫が一夜にして蓮糸で巨大な曼荼羅を織り上げたという伝説が有名。
その綴織當麻曼荼羅(つづれおりたいままんだら)は4メートル四方の巨大なもので国宝指定されている。
その話はまた後程に。
當麻寺のミツバチの仁王さん 金剛力士像にまつわるエピソード

さて、仁王門にあるこの金剛力士像にもエピソードがある。
「ミツバチの仁王さん」と呼ばれ、高さ約3.4mの口が開いた阿形像の口からミツバチが中に入り、阿形像の頭部に立派な巣を作った。

30年も前からミツバチの住みかとなった阿形像。
長年のミツロウによる劣化損傷が激しく、2021年から歴史芸術文化村で5年の歳月を経て解体修理。
阿形像、吽形像ともに今年、2026年に當麻寺へと戻って来た。
ちなみに阿形像に巣を作っていたミツバチ(二ホンミツバチ)も大切に保護されたという。
女王バチを新たな巣箱に移し、ミツバチたちが新たな巣箱に馴染むのを待ってから春日山原始林に放たれたそうだ。
私はこの阿形像の解体修理を歴史芸術文化村で何度か見てきたので、この復活がなんだか感慨深い。
見上げる東塔が美しい中之坊



さて、こちらは當麻寺の中之坊。
役行者が修行場として開いた御坊。
中将姫が剃髪したお堂もここにある。
中には日本最古の剃刀などが展示してある。
この時代、剃刀は非常に貴重なもので、織田信長以降、西洋の剃刀が普及したそうだ。
ちなみに織田信長が西洋の剃刀を使ったという史実はないらしいが、宣教師たちと頻繁に会っており、髭をそる文化を持つ宣教師たちの影響を受けた可能性は高いとのこと
特に身だしなみにこだわる織田信長。
西洋の髭剃り道具に興味を持つのは自然なことかもしれん。
ちなみに入館料は500円。

中之坊には香藕園(こうぐうえん)という回遊式庭園がある。
大和三名園と呼ばれており、
●大和郡山の慈光院庭園(じこういん)
●奈良市の大乗院庭園(だいじょういん)
●當麻寺中之坊 香藕園(こうぐうえん)
がそうなのだとか。





中之坊から見上げる東塔が美しく、何度もシャッターを押してしまった。
広葉樹の葉に囲まれた東塔。
その奥にぬける夏の青空。






入館料にプラス100円で書院でお抹茶がいただける。
お抹茶いただけば良かったかぁ。
100円を渋った訳じゃないけど、まだ本堂にも行けてないからなぁ。
国宝、當麻寺の本堂


こちらが国宝である當麻寺の本堂。
當麻寺は聖徳太子の弟である麻呂子親王(まろこしんのう)が612年に河内国に作られたものをこの地に移築したのが始まり。
もともとは小さなお堂であったが、曼荼羅信仰の高まりとともに大きくなり本堂となった。
この地の曼荼羅信仰を紐解いてみると・・・
夕陽信仰と死者の山、二上山

二上山は 雄岳(517m)と雌岳(474m)の二峰が並ぶ山。
この雄岳と雌岳の間に夕陽が沈む特別感。
そして、夕陽が沈む西の方角には極楽浄土があると言われている。
また、夕陽は黄昏時という死後の世界の境界。
とどめは二つの峰の間に夕陽が沈むことからあの世の門と捉えるそうだ。
これが二上山にまつわる夕陽信仰。
また、夕陽が沈む方向の象徴として二上山は死者の山とも。
そして二上山の山頂に埋葬されている「悲劇の皇子(大津皇子)の霊を慰める山」として信仰される。

中将姫がこの地で當麻曼荼羅を織ったのも、二上山の向こうにある極楽浄土を夢見て、極楽浄土を描いた曼荼羅を織ったという。






二上山山中にある中将姫が當麻曼荼羅を織った場所

二上山の山中に中将姫が當麻曼荼羅を織ったとされる岩屋がある。

この階段を登ると・・・




こちらが中将姫が一夜にして當麻曼荼羅を織った場所とされる二上山の岩屋。
岩山に掘られた中国大陸風の石窟寺院は日本では唯一だといわれる。
その昔、二上山は高松塚古墳の石棺の石を採掘するなどの石切場であった。
石の加工技術を持った渡来人たちがこの地で石切作業をしていたので、自分たちの祖国にある石窟寺院をこの地に再現したのではないかと言われる。
いやいや、一つの歴史を紐解いていくと、いろいろとまつわる逸話なども紐づいていくものだなと思う。
これぞ歴史ロマンなのだな。
ってことで今日はこれまで。
ではでは。

