さてさて、今日は奈良県有数の梅スポットである南朝の里、賀名生梅林へ。
このブログではもうすでに3回目の紹介になるのかな。
周辺には小さな無料駐車場がいくつかあるけど、どれもそれほどのキャパがないので休日に訪れるのなら満車覚悟で。
私はいつも、この青木農園さんの駐車場に停めさせていただいている。
帰りにいつもここでお土産を買うのでね。
ここが口の千本の目の前なのでラクチンなんだな。
ここ賀名生(あのう)は歴史上の舞台になった場所でもある。
南北朝時代、後村上天皇が行宮を吉野山からこの地に移した。
その際に南朝による統一を願って叶名生(かなう)と改めたのだそう。
そして統一が叶うと「賀名生(かなう)」に改めたという伝承がある。
「かなう」から「あのう」へと読みが変わったのは明治以降なのだとか。
また、南北朝時代の公家が賀名生の梅の歌を詠んでいるため、その時代からこの地の梅は人々の心を魅了したのであろう。
明治あたりから、果実の収穫を目的に梅の木が栽培され、大正、昭和と大きく増殖。
今では2万本にまでなったのだとか。
この山の斜面を覆う梅の花。
まさに吉野の桜のような。
それほど山深い場所ではないのだが、熊野本宮へと向かう道の入り口として、壮大な歴史を感じる光景。
遠くに見える大峰山。
まだ雪が残ってるね。
さてさて、約2時間かけてこの里山を歩いたわ。
結構地味み足にくる感じ。
お年寄りの方も大勢訪れる場所なのだが、見ての通り、山の里山を登るのでそれなりに足に負担がかかることを覚悟してね。
あと、自動販売機とかないからね。
家の軒先で冷たいペットボトルのお茶とか売っている場合もあるけど、基本お店とかないので、飲み物は持参するのがおススメ。
全国区では知名度がない賀名生ですが、実は皇居があるんだな。
後村上天皇の時代、南朝の本拠地の吉野山が焼き討ちにあった後、ここ賀名生に行宮(あんぐう)を定めたんだな。
そして1351年(正平6・観応2)、北朝の天皇を擁立した足利尊氏が、一時的に南朝に降伏し北朝の天皇は廃され、わずか数か月ですが、南朝が唯一の朝廷となり、この賀名生が都になるという(これを「正平の一統」と呼ぶ)。
その皇居ですが、今はイタリアンレストランになっており、ここで腹を満たそうと思ったのですが、平日でも結構並んでいるわ。
ってことで断念。
ちなみにこれは去年ここで食べた鹿肉のアヒージョ。
去年はここのテラスで食べてめちゃ寒かったのを覚えている。
袖を見るとごついジャンパーを着ているし。
でも今日はほんと温かいよね。
賀名生梅林の目の前には歴史民俗資料館などもあるので、梅以外にもいろいろ観光する場所があったりするので楽しめますよ。
また、賀名生から少し吉野山へと国道168号線を進むと、西吉野さくら温泉なんてのもあったりするので日帰り温泉も一緒に楽しんでみてはいかがかなぁ。
ってことで今日はこれまで。
ではでは。