さてさて、今日は兵庫県朝来市にある日本遺産である神子畑選鉱場跡へ。
大阪から地道のみで来たんだけどめちゃ遠いわ。
片道4時間とはな。
で、こちらが神子畑選鉱場跡の観光駐車場。
30台ぐらい停められるのかな。
駐車場は無料でこの日はほとんど車が停まっていない。
まずは一番メインのシックナーへと向かう。
シックナーってなんなん?
って方ばかりだと思うのですが、細かな説明は最後にするとしてまずは写真で紹介。
こちらがシックナーと呼ばれる施設。
丸い円盤のような形状で非常に珍しい構造物だわ。
では詳しくディテールを見ていきましょうかね。
本来、建物の中には入れないんだけど、この日は観光PR動画でも撮影しているのだろうかヘルメットを被った撮影クルーが数、建物の中に入ってカメラ撮影をしたり、インタビューを撮影したり、ドローンを飛ばしたりしていた。
場所的にはこのような雰囲気の場所。
で、こちらはシックナーの上にある神子畑選鉱場跡。
こちらは神子畑選鉱場跡のインクライン。
東洋一の選鉱場
明延鉱山で採鉱された鉱石の選鉱場となった神子畑(みこばた)は、大正8年(1919)に金・銀・銅・鉛・錫などの選鉱場を竣工。
昭和9年(1934)には流銅選鉱場を開設し、昭和15年の拡張工事を経て「東洋一」と言われる選鉱施設となりました。
最盛期の昭和30年代には、神子畑(みこばた)地区に1,300人もの人々が生活していました。
昭和62年(1987)、明延鉱山の閉山にともない、神子畑(みこばた)選鉱場も操業を停止し、閉鎖しました。
その建物は長らく残っていましたが、平成16年に老朽化のため取り壊され、現在はコンクリートの基部やシックナー(液体中に混ざる個体粒子を泥状物として分離する装置)の一部等が残っています。
かつては不夜城といわれ24時間操業するほど賑わったのだとか。
明延・1円電車の由来
この電車はかつてマスコミ等で全国的に紹介され話題を呼んだ有名な錫の鉱山“明延”の1円電車です。
昭和4年養父群大屋町の明延鉱山と朝来群朝来町の神子畑選鉱場の間6.1㎞に鉱石輸送のための明神電車が開通しました。
昭和20年、この鉱石運搬電車に、従業員とその家族の交通の便をはかるため、はじめて客車が連結され登場したのがこの電車です。
最初の料金は50銭でスタート、昭和27年に1円に改訂、昭和62年3月明延鉱山の閉山により明神電車が廃止されるまで長期間料金1円のまま据置き有名になりました。
1円電車の客車は3輛あり、くろがね号、わかば号、あおば号と命名され、永年に亘り地域住民の足として重宝がられました。
本来の使命を終えた後、くろがね号は養父市大屋町明延の地に、わかば号は神子畑の地に、またあおば号はかつて兄弟鉱山であった生野の地に居を移し、それぞれの地で観光に一役買うことになったものです。
こちらはわかば号の客車内。
で、こちらは資料館みたいな建物。
鉱山の道神子畑交流館。
神子畑選鉱場のミニチュア模型があったり。
なんだか凄い年代物のフィルムカメラがあったりと。
これほど大規模な産業遺産が残っているのは非常に珍しいんではないだろうか。
神子畑選鉱場は、かつて鉱山としてその歴史は古く800年頃から銀と銅を産出する鉱山として開拓されていたのだそう。
一時は生野銀山の支山として幕府の管理下にあったそう。
しかしながら、明治29年に三菱へ払下げ後、採掘が不況となり大正6年に閉山。
大正8年に明延鉱山から運び込まれた鉱石を選鉱する大規模な選鉱場として繁栄したんだって。
いや~。こういう歴史ある産業遺産は見れる時に見ておかないと・・・
そのうち構造物の劣化などで完全立ち入り禁止とかになりそうだしね。
ってことで今日はこれまで。
ではでは。