暮らしの顛末(くまくまコアラ)

40代サラリーマン、Canon EOS Rを愛用して観光地巡りやら旅行、アウトドアで風景写真やらを撮っているミニマリストのブログ。

「ドキュメント豪雨災害(なぜ人は逃げ遅れるのか)」を読んで学んだ災害時における不可思議な人間の行動心理

ドキュメント豪雨災害

 

2018年7月。
西日本豪雨が起きた。
大量の水に浸かった岡山県倉敷市真備町の光景が何度もテレビのニュースで伝えられた記憶はまだ新しい。

 

あれから1年。

今年も台風7号、8号、9号、10号とひっきりなしに台風が発生し、大量の雨を日本に降らす恐れがある。

実際、今年の夏もテレビを見ていると、緊急災害警報が流れ、土砂災害警報(レベル4)などと何度も表示されている。

 

いつ何時、想像を超える自然災害が起こっても不思議ではない、そんな異常気象が続いているだけに、1年前の西日本豪雨を総括してみるのにはいい機会だ。

 

市立図書館でこの本を手にした時にそう思った。

 

災害から1年が経ち、台風が発生するシーズンとなった今、改めて1年前に起こった西日本豪雨の被害から学ぶ事は多いはず。

で、実際に読んでみてやはり、目から鱗の事実を知ったので紹介したい。

 

 

まずは西日本豪雨の被害を総括。

西日本豪雨とは2018年6月28日から7月8日にかけて西日本に記録的な大雨による自然災害。

全国で死者237人、行方不明者8人。

全壊した住宅は6767棟、半壊した住宅1万棟以上という平成最悪の水害であった。

中でも岡山県倉敷市真備町の被害が大きかった。

 

7月7日朝、岡山県倉敷市真備町の街の景色は一変して水没する。

倉敷市真備町の水害の光景は衝撃的だった。
まさかあれほど広範囲に街が水没するとは・・・
テレビから流れる光景に、雨だけでこれだけの被害が出るものなのか。
そう率直に思った。

当時、倉敷市はどのような状況だったのか。

 

7月6日 11時30分
倉敷市全域の山沿いに「避難準備・高齢者等避難開始」が発令される。

 

7月6日 19時30分
倉敷市全域の山沿いに「避難勧告」が発令される。

 

7月6日22時00分
倉敷市真備町全域に「避難勧告」が発令される。 

 

7月6日 22時01分
国土交通省より「高梁川の秦付近で氾濫危険水位に達した」とエリアメールが配信される。

 

7月6日 22時20分
気象庁より「小田川氾濫危険情報」が発表される。

 

7月6日 22時40分
気象庁より倉敷市に「大雨特別警報」が発令される。

 

7月6日 23時45分
真備町地区の小田川右岸に「避難指示(緊急)」が発令される

 

7月7日 0時30分
気象庁より「小田川氾濫発生情報」は発表される。

 

7月7日 0時45分
国土交通省より「小田川の右岸で超水による氾濫が発生した」とのエリアメールが配信される。

 

7月7日 1時30分
真備町地区全域に「避難指示(緊急)」が発令される。

 

真備町に大量の雨水が流れ込んだのは7月7日の夜半から同日日中。
7月6日~7月7日の日付が変わる頃に避難勧告、避難警報が出されていたわけだ。

日没後の暗い状況であった故に周りの状況把握が困難だったことが被害を大きくした可能性が高い。

 

これが日中であったなら個々の判断も違ったはず。

このことから、いち早い避難行動が生死の境目なのだと思う。

 

 

 

危険だからと年寄りを避難させて、自分たちは避難しないという不思議。 

真備町のとある特別養護老人ホームの話。
施設長の迅速は判断で入居高齢者は全員避難。
翌日この施設は水没する。

施設長はハザードマップでこの施設が浸水深5メートル以上区域にある事を事前に知っており、災害防災マニュアルも事前に作っていたほど、防災意識が高かった。

 

7月6日22時30分、避難勧告発令と共に職員が手分けをして、入居者を2㎞離れたグループ施設へと非難をさせる。

入居者全員を無事に避難させて、施設へと戻ってきた職員たち。
戻ってきてみると、窓の隙間から雨水が施設内へと入り込んでいる。

これはいかんと水浸しの床をモップでふき取る職員、はたまた毛布で浸水を防ごうとする職員、はたまた備品が濡れないように机の上に移動する職員。

 

あれれ!危険だからこの施設から入居者を避難させたのに、何故職員は戻ってきて避難もせずにそんな事をしているの?

 

この本を読んでいて単純にそう思った。

施設長曰く、この時は職員全員、目の前の浸水に対処する事にしか意識がいかなかったという。だれも自分たちも避難をするという事に意識が向いていなかった、自分自身も含めて。

 

浸水する水はますます増えて、入居者の避難を終えた1時間後には職員自ら避難をする事すら出来ない状況にまでなり、明けて7月7日深夜1時、全員屋上へと避難をする。

その後、施設は水没し、屋上にて孤立、救助を待たなければならいという状況に至る。

 

入居者を避難させた動機から考えると自分たちも避難すべきだと判断するのが当然だと思うのだが、被害を最小限に留めようという行動が、避難を遅らせたのだろう。

 

なるほど、この事例は勉強になった。

 

避難所が避難者でいっぱいだったので何度も自宅に戻るという不思議。

2人の子供と夫婦4人家族のエピソード。
7月6日の夜半から7月7日へと日付が変わる頃。

スマホに防災メールがひっ切りなしに鳴ることを気にして、家族4人で避難をする事を決めた。

避難するのだったら近くの小学校へという事で家族で車に乗り込み避難場所へ。

小学校に到着してみると、すでに避難者でごったがえしている状態。
家族は施設内に入る事が出来ず、トイレの場所も分からない。

 

しぶしぶトイレのためだけに危険だと思って避難したはずの自宅へと戻る事に。

 

その後、やはり自宅は危ないという事で、総合公園へと避難するものの、渋滞で総合公園にも入る事が出来ず、またも自宅へと戻る事に。

 

避難する場所を失い、自宅の2階に避難をしようとも思ったが、はやりここは危ないという事で、総合公園近くのクリーンセンターの駐車場で一夜を明かす。

夜が明け、車から出て自分たちの家がある方向を見ていると・・・

町中、水に浸かっていた。

もし、避難場所がないからと自宅の2階に避難していたら今頃は・・・

 

このケースから分かる通り、いざ避難を決意するものの、避難所の様々な不都合から、都合の良い自宅へと戻りがちになるという事。

 

これは目から鱗の避難の難しさである。

 

まとめ

実際に災害を目の当たりにしないと分からない人間心理というものがある。
この本にはそのような様々なケーススタデイと共に、避難したの後の不都合や何故、避難が遅れるのかという事を学ばせてくれる。

 

我々人間は知性があるだけに野生動物とは違って様々なバイアスがかかり、避難をする事が苦手な生き物だという事を知っておくだけでもいざという時の役に立つはず。

 

そう思った一冊でした。

ではでは。